日本海に面し1500年に渡って“つくる”文化が継がれている福井県鯖江市、河和田地区。越前漆器の一大産地であるものづくりの町で、2015年10月31日~11月1日に「RENEW」が開催されました。「RENEW」は鯖江で活動する作り手の想いや、ものづくりの背景に触れながら商品を購入できる体験型マーケット。鯖江に移住した若者たちが中心となって始めた試みを、ライターの中條美咲さんが探ります。

福井県鯖江市RENEW
写真提供:TSUGI

このイベントの原点は、2004年から始まった環境問題をアートから紐解いていく「河和田アートキャンプ」にあるといっても過言ではありません。京都精華大学や京都大学とともに、同キャンプを手掛ける片木孝治(かたぎ こうじ)さんに、お話をうかがいました。

河和田アートキャンプは福井豪雨をきっかけに始まった

──  はじめに、河和田アートキャンプ(以下、アートキャンプ)の現在の活動について教えてください。

片木孝治(以下、片木) 河和田アートキャンプは、京都精華大学(以下、精華大)を中心に、全国の大学から集まった学生たちの創造性(=アート)を活かした地域づくりと社会貢献を実践するプロジェクトです。

学生は年間を通して河和田に通い、土地の人と繋がりながら、地域の生活や産業に結びつく活動を行いますので、芸術系だけでなく、さまざまな大学の学生が参加可能となります。しかも、大学の単位とは無関係な自主的な取り組みですので、やる気のある学生しか集まりません。活動は通年型ですが、毎年春から新体制となり、河和田訪問の頻度などは学生ごとに自由設定。自主性の高い学生だと年間合計で70日程度、河和田に滞在します。

── そんなにたくさん通うんですね。

片木 「通わなければいけない」ということではありません。結果として通っていた…みたいな。活動は、春から夏に入るまでに3回の現地ワーキングを行います。河和田を訪れ、地域の方々(実行委員会)との打合せを重ねながら、学生たちがアートキャンプでどんな活動をするのかテーマを決めます。その際に必ず、活動(ex:作品を制作)のプロセスに至るまで、地域にどう役立つかを踏まえることを大切に考えます。

「林業とアート」「伝統・産業とアート」など、単なる「ワークショップ」「絵画や立体作品」ではなく、土地にある素材や資源と自分の制作が結びついたアートを制作する。それは学生にとっても新しい切り口となります。

河和田アートキャンプ
河和田アートキャンプ

── 福井豪雨がきっかけとうかがっていましたが、災害から「アートキャンプ」の開催に至るまで、どのような経緯があったのですか?

片木 そもそもは、2003年から京都で「科学×芸術」という環境活動を、京都大学環境保全センターの浅利美鈴先生や、当時の学生たち数名と取り組んでいたことが始まりです。

そこへ、福井豪雨(2004年)を受けた鯖江市の環境支援センターから私たちに災害ゴミの山の写真が届き、環境支援活動として河和田に赴きます。

河和田アートキャンプHPより
河和田アートキャンプHPより

河和田アートキャンプ

片木 河和田は越前漆器の産地として、多くの職人さんが地場産業を支えています。しかしライフスタイルの変容やバブル以降の需要低迷もあり、職人の後継者も減少し、伝統衰退が危ぶまれている状況下で水害が発生しました。支援活動に入った際に地域の方々から聞いたのは、災害事ではなく、そんな地域の現状や課題のお話でした。

そこで私たちは学生たちを巻き込むことによって、河和田の実情を知ってもらい、地域の人たちと関わりを持ってもらおうと「芸術が社会に貢献できることはなにか?」と考えます。

当時、私が受け持っていた精華大の建築学科の学生たちを連れて、福井豪雨の翌年(2005年)にアートキャンプをスタートさせました。今では全国38大学の参加履歴、毎年100名以上のアートキャンプ参加のエントリーがあります。

河和田アートキャンプ
活動拠点の古民家内・アートキャンプ卒業生 彫刻作家:とだまきこさん作品

── 入り口として、「アート」という切り口はどうでしたか?

片木 結果的には良かったと思います。なぜ「アート」だったのかというと、僕自身が建築家であり、デザインやアートを専門に教えていたことが大きいです。また、地場産業(=ものづくり)に結びつけるため、初めからジャンルを絞ってしまうと、興味をもって参加する学生たちが少なくなってしまいます。アート・デザイン・建築・工芸…と、ジャンルを括らずに、まずは、いろいろなクリエイターが河和田に入ってくることを念頭におきました。

やはり、実際に行動し、情に熱く、パッションを持った人たちが地域活性には不可欠です。その意味でも幅広い人たちがプロジェクトに参加することが大事な要素です。私たちも作ったアート作品を展示するだけであれば、数年でプロジェクトが終わっていたと思いますが、作品づくりの過程で地域の人と繋がることで、関係を継続していくことができました。

若者たちがいま、ソーシャル・地域 へ向かう理由

河和田アートキャンプ
引用:河和田アートキャンプ2015blogより

── 学生さんたちが、アートキャンプを通して得られる体験はどういったことでしょうか? また、地域に入る上で、欠かせない要素があれば教えてください。

片木 実際に学生たちとしても、この活動が地域生活の擬似体験になっているようです。いきなり村に入るのはハードルが高いですが、プロジェクトを1年~4年間続けることで、だんだん地域の輪に溶け込み、地域の即戦力としての力を身につけることができる。

河和田に訪れている間には、行事ごとの集会にも顔を出しますし、草刈りや奉仕活動も作品を作る過程として積極的に参加していきます。

地域に入ったらまず全員に挨拶をする必要があるとか、地域の中で成り立つ決まりごとについて、通訳できる存在がいることも大事です。これまでアートキャンプ出身のOB・OGが計13名河和田近郊に移住し、現在も8名が暮らしています。彼らを介して、ここを訪れる学生たちは、地域での基本的な振る舞い方や作法を学べるようにもなりました。

── アートキャンプなど、地域社会に結びつく活動に興味を示す若い方は多いですか?

片木 3.11の震災以降、一気に増えたと感じます。アートキャンプを始めた当初に比べ、ソーシャル(社会的)という意味での地域に向けられるまなざしは、確実に意識化されたと思います。この状況は、震災が無ければ10年は遅れたと思いますが……。

アートキャンプはマスメディアに広告を載せてきませんでしたが、震災以前から口コミで広がりました。参加する学生の特色として、祖父母を辿っても都市圏から出られない「都市帰化型」と、地方出身者でゆくゆくは地元に何かしらの形で貢献したいと想いを語る「地方回帰型」が多いです。いずれの学生も方向性は異なりますが、地域への関心は高いですね。

河和田アートキャンプ 2004-2014~10th Anniversary 号~より引用:河和田アートキャンプ 2004-2014~10th Anniversary より

── 在学中の学生さんたちとも、将来の河和田との関わり方についてお話をされるのですか?

片木 はい。学生たちには、活動に入る前にアートキャンプの20年間の計画を共有し、スケッチします。自分のいる単年度だけでなく、社会に出たあと、どんな知識を身につけて、河和田に戻ったら何をしたいか……と、イメージを作りながら活動に入ります。卒業後のOB・OGで「今、自分はこの段階です」と進捗を伝えに来る子もいます。そうしたOB・OGたちと今後どう繋がっていくか、とても楽しみです。

10年の活動継続を通して、河和田で初期のワークショップに参加してくれた地元の子どもたちが成長し、大学生としてアートキャンプに参加してきたときは感動しました。何の変哲もない日常に、大学生のお兄さん・お姉さんが目をキラキラさせながら入ってきたこと自体、河和田の子どもたちにとって刺激的だったのでしょう。地元に戻って後輩を楽しませる。彼らの故郷に対するプライド作りにもなっているんですね。

片木孝治さん

── 片木さんは、河和田はこれからどうなっていくと思いますか?

片木 アートキャンプのような活動は、その時の条件によって変わりやすく、予想しにくいものです。私自身があまり執着するのもよくないので、地域の人たちが続けていきたいと思う限りは続けていくつもりです。それとは別に、この物語を今後に向けて継続するならば、やっていかなければならない事としてOB・OGのフォローアップを考えています。

これまでの10年間で、約780人の参加者がいます。卒業して10年も経つと、ここでの経験を忘れてしまう子もいるでしょう。だからもう一度彼らに呼びかけてみたい。そうして、それに応えた関心の高い子たちと地元の産業とを絡めてみたい。きっとアートキャンプが地域貢献するための次の核心になると思います。持論ですが、それを「時間のデザイン」として、フォローアップを実現していきたいですね。

 

編集後記

河和田アートキャンプ

河和田の中に場を設けたいと、片木さんは2009年より、株式会社応用芸術研究所を立ち上げます。立派な日本家屋を学生さんとともに改装し、この家は年間を通してアートキャンプに参加する学生の活動拠点となっています。

片木さんはRENEWに直接的な参加はしていませんが、”アートキャンプ”の存在をなくして、現在の河和田はあり得なかったでしょう。若者・よそ者が関わりを持てる、活発な新陳代謝を繰り返す場所、それがこの福井県鯖江市河和田町の最大の魅力ということです。

現在アートキャンプの活動は、他の地域でも取り入れられ、フォーマット化されつつあります。アートキャンプが「アート系」の学生さんを中心の活動なのに対して、京都府では2012年より、「京都Xキャンプ」という名前で、さらに入り口を広く、多分野(=X)が協働する未知数(=X)の脱領域化した活動が始まっています。

次回、この土地で技術や伝統を継承してきた人々でもあり「RENEW」に出店参加した、地元企業の5社さんに伺ったお話を、多様な角度からお伝えしていきます。

お話をうかがった人

片木 孝治(かたぎ こうじ)
1970年生。京都精華大学卒業/名古屋大学大学院研究生(片木篤研究室)。C+A東京一級建築士事務所に勤務を経て、SALT-DESIGN 設立(2000〜)/。京都精華大学デザイン学部建築学科 特任准教授(2007~2011)。現在、株式会社応用芸術研究所 代表取締役/一般社団法人 北陸古民家再生機構 理事など、建築や環境活動をはじめ、創造表現(芸術)をプログラムした地域づくりを手掛ける。