「むがし、あったずもな」
そんな出だしから始まる、遠野に伝わる昔話。代表的な昔話は「おしらさま」「河童」「座敷わらし」と言われていますが、それらのほかにも800から1,000あると言われています。そんな昔話を、今も昔も語り継ぐ「語り部」として活動している女性たちがいます。
何も持たずにもんぺ姿のまま舞台へ上がり、いくつかの昔話を20分ほどかけて人々に話して聞かせる「語り部」。その数は、だんだんと少なくなってはいるけれど、遠野の大切な文化を背負っています。
今まで何千、何万人という人々が聞いてきた昔話を、次世代へ残すべく活躍する、現役の語り部さんたちに話をうかがいました。
語り部によって違う遠野の昔話
工藤さのみ(以下、工藤) おれたちは、語り部として一人前になるために4年間勉強しました。小さい頃から聴き慣れた話もいっぱい勉強したけど、先輩や仲間が話している語りを聞いて「あ、そんな話もあるんだあ」って言って学ぶこともあったな。今おれたちが所属している語り部の会だと、13人が主なメンバーだね。
菊池貞子(以下、菊池) 語り部として話をするのは、ホテルあえりあ遠野をメインに、いろんなところでやっています。日本全国に呼ばれることもあるねえ。
工藤 人前で語る練習はするけど、もともとしゃべれる人たちが集まった会です。だって小せえ頃から聴いてんだもんね。それに同じ昔話にしたって、語り部によって違うのよ。遠野はもともと1町10ヶ村あったからね、それぞれの地域で、微妙に話が違うわけ。
内田芳子(以下、内田) 登場人物の数が減ったり増えたり、「おしらさま」のなかでも馬の殺し方が違ったりね。
菊池 小さい頃は、ばあちゃんが語りをいーっぱい聞かせてくれました。その物語の中にはしつけの要素も入っていたわけ。悪いことをするとバチが当たるとか、人に親切にしなさいとか、いろいろ。子どもなりに考えるのよ、昔話は教訓を教えてくれるだけで、正解があるわけではないから。
工藤 おれたちの世代はみんな昔話を聞いて育ってきたから、物心ついたときから昔話をある程度覚えているし、喋れる人が多かった。ある意味、遠野の人はみーんな語り部って言えるかも知んねえな。
遠野の昔話は遠野の言葉で語ってこそ
工藤 それぞれの十八番? まあ、あるっちゃあるけど……好き嫌いに関わらず、それぞれの語り部の家に伝わる昔話があることが多いから、それが十八番だっていう人が多いんじゃねえのかなあ。
菊池 どんな話にせよ、語り込むことが大事。いいなと思った昔話があれば、1話、また1話と盗んでいくわけね。だから一人の語り部で何十話、何百話もレパートリーがある。数え切れねえんだよ。
工藤 楽しく語れれば、それが一番いいんだけどな、昔話のなかには悲しい話だってあるわけ。でも当日聴きに来ているお客様の層まで見抜けるようにならねえと、「えっ、どういうことだったの?」って昔話の内容が理解されないこともある。悲しさや楽しさが伝わらない。当日の客層を見て語る内容を決めるのも、語り部の腕次第だね。
内田 会社の研修旅行で団体さんが来たりしますけど、若い子は聞きながらあくびしていたりするね。
菊池 でもねえ、それは仕方ないよ。若い子は興味ないかもしれないもん。ただ、よくお客様に「遠野の昔話って本当にあった話ですか」って聴かれるんだけども、それは誰も分かんねえんだよね……。
工藤 おれたちが語っているのは、昔話であって、昔の話じゃねえから。だから「むがし、あったずもな」で始まるわけ。いつかわからないけれど、かつてあったかもしれない話で、事実かどうかはあんまし関係ねえと思う。
それから遠野の語りを聞きに来るお客様の特徴は、ほかの地域で昔話を語っている人たちが多いということかな。語りのテクニックをね、盗みさ来るんだ(笑)。
菊池 ま、おれたちは全然気にしねえけどな。
工藤 そうそう。盗めるだけ盗んでっていい。だって、語りは遠野で昔から続いてきたもので、おれたちの所有物じゃねえから。
それに、遠野の昔話は遠野の言葉で語ってこその語りなのよ。だからたとえば、埼玉県の人が埼玉の言葉で、遠野の昔話を語っても、それは「遠野の昔話」じゃねえの。言葉の音やちょっとしたニュアンスも違ってくるからね。
そりゃあおれたちだって不安がないわけじゃない。でも、遠野の語りは先輩たちが築いてきた基本のうえに成り立っているっていう誇りがある。そうやって続いてきた遠野の語りを、おれたちは継承しているつもりだから、テクニックだって「どうぞお持ちになってください」っていう姿勢だね。
内田 それに、遠野の昔話が広がっていくことは、私たちとしてもうれしいことなんですよ。もっとたくさんの人に知ってもらいたくて、語りを続けているわけだからね。
人生の師匠である遠野の昔話をこれからも
工藤 今の一番の悩みは、これから誰に語りを受け継いでいこうかっていうところ。遠野文化研究センターっていう公共の機関が「語り部1000人プロジェクト」っていう企画も実施しているんだけど、そこで本物の語り部が育っているかというと……まだ分からないね。3話話せれば、もう語り部だって認定されてしまうから、おれたちや先輩たちとは経験数が違う。
でもねえ、おれが「これは遠野の昔話じゃない」って感じても、昔話って結局、聞いてくれる人が判断すればいいことだから、正式な遠野の昔話っていうのは誰も知らないし、押し付けられねえんだよ。
菊池 そうだね、聴く人に委ねるしかない。
工藤 さっきも言ったけど、同じ遠野の昔話でも、地域ごとに内容がちょっとずつ違うこともある。だから、間違っていると思っても、それは止められねえの。「あの人は、こういう語りをするけど、おれたちはこうしねえな」って思うだけ。だって、遠野の昔話だけが昔話じゃねえんだもん。日本全国に昔話のやり方があっていいんだもん。
ただ、おれの家に伝わる昔話を、我が物顔で語られたらカチン!と来ると思うけどな(笑)。
菊池 みんなね、遠野の昔話が好きなんですよ。私も小さい頃に聞いた昔話の余韻が、まだ残っているから。仲間と一緒にまだまだ大好きな昔話を語っていたいね。
内田 私も遠野の昔話が大好きですね。あるとき、有名な語り部さんが「おしらさま」を見せてくださったことがありました。その印象がすごく深く残って、昔話の勉強を始めました。まだまだ学び足らないけどね。
工藤 内田さんはねえ、本当に上手だよ。穏やかでやさしい語り口で。
菊池 うんうん。「むがし、あったずもな」だって、語り部によって全然違うんですよ。「むかーし、あったずもな」ってゆったり始まることもあれば「むがしあったずもな」ってサッパリした口調で始める人もいる。そういう違いもあるから、おもしろいんだよなあ。
工藤 おれたちが語ることで、喜んでくれる人は今でもたくさんいるんです。たとえば、東日本大震災のとき、仮設住宅に語りに行ったことがあったんだけども、1日中狭いところで暮らしながら掃除や作業をしている人たちが、涙をいーっぱい目にためながら「もう一話、もう一話」ってせがまれたの。
たかが昔話されど昔話、やっぱり昔話。語りをすることで、震災を受けた人にとっても、それを手伝いに来ていたボランティアさんにとっても、ほっと休める時間を作れたかなあ、語れ良かったなあって。
あの頃は、被災地へ行って語ることも多かった。起きてしまったことをさ、どのようなより良い方法で乗り越えていくかっていうことを考えた時に、求められた場所には全部応じようって思った。ほかの語り部のみんなには迷惑かけたけどな。
菊池 でもみなさん喜んでくれたから、やって良かったよねえ。
工藤 そう。昔話は不思議と人を癒す力もあるんだって、その時思ったよ。おれたちは、当たり前のように親やばあちゃんたちから昔話を聞かされて育ってきた。内容もただ楽しいだけじゃなくて、昔話から学べることはいっぱいある。
だから、おれにとって昔話は、人生の師匠だと思っている。これからも一話一話、大切に大切に語っていきたい。以上!
お話をうかがったひと
工藤さのみ、菊池貞子、内田芳子
※遠野では語り部さんが出張してくださることもありますが、ここでは定期的に3名が語りをおこなっている「あえりあ遠野」をご紹介します。
あえりあ遠野
住所:岩手県遠野市新町1-10
電話番号:0198-60-1703
チェックイン:15:00~
チェックアウト:10:00~
語りについて:ホテル3F「語り部ホール」にて毎夕6:00から30分間開催
公式サイト:あえりあ遠野
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(イラスト:犬山ハルナ)