突然ですが、一杯のエスプレッソを飲むために必要なものは、何でしょうか。
お金、それともエコのためのマイタンブラーや、マグカップなどでしょうか。
徳島県神山町のメインストリートに佇む「カフェオニヴァ」では、その対価は「一抱えの薪」です。もちろん、普通の飲食店ですからお金を払うことで地元の野菜を使った美味しい料理や、丁寧に選ばれたオーガニックワイン、そしてエスプレッソを飲むことだって出来るのですが、その場所では何かを得るために必ずしもお金が必要だ、というわけではないようです。
丁寧に暮らしたいと願う人が作る「カフェオニヴァ」は、まだ夢に向かう道の途中。けれど、日々着実に歩みを進めるそのお店の姿は、何か大切なことを私たちに教えてくれているような気がします。
僕たちはまだ何も知らない
「この店は、2013年12月のオープンからまだ一年と少しが経ったばかり。毎日が必死で、日本の田舎では当たり前のように行われている日常が、僕たちにはまだできないんだ」と「カフェオニヴァ」の方々は語ります。
日々が勉強。では、何を学んでいるのか? それは、徳島県の神山町という場所で暮らすための基礎的な知識でもあるし、山を知り、木を知り、そして自然と共に生きて行くための、本能的な感覚のようなものだとも言えます。
僕たちには暮らしの先生だと思える師匠がそばにいるのだ、と彼らは語ります。ナイフ一本で山に入って生きていけるような師匠が、と。その方に生きていくための知恵を教わり、日々少しずつでもいいから前に進んでいきたい。お店としての成長はもちろんですが、自分たちがきちんと暮らしていくことも大事にしたいという彼らの想いは、都会暮らしで凝り固まった氷のような気持ちを溶かすようなあたたかさがあります。
「薪通貨」が教えてくれる里山の暮らし
「カフェオニヴァ」は、お店のエネルギーの大部分を薪でまかなっています。薪で起こした火で湯を沸かし、冬はその温水を床下に張り巡らせて暖を取る。そんな生活をする彼らだから、薪は生活の必需品です。
そこで思い付いたのが「薪通貨」という、冒頭でご紹介した仕組みです。お店に「薪一抱え」を持ってきてくれた方には、代わりにエスプレッソ一杯をお出しするというユニークな発想。
けれど、彼らはただ薪が欲しいわけではありません。彼らが本当に求めているのは、薪を持ってやってきてくれる町の人たちとのコミュニケーションの時間。そこで飛び出す様々な話題の中には山や木の知識、里山で生きる知恵などかけがえのないものが散りばめられているのです。
神山町は、もともと林業で栄えた町のため、高齢者の方々は山や木に関わる知恵や知識をたくさん持っています。けれど、突然町にやってきた見知らぬ人が開いた飲食店に、ふらりと立ち寄れる人はそこまで多くありません。
一方、移住者である「カフェオニヴァ」の方々は、町で昔から暮らす人たちが持っている知識をもっと教わったり、そうでなくてももっと気軽におしゃべりしたいという気持ちを持っていました。ですから、日常生活における「薪通貨」を介した会話の始まりは、ただ通貨の代わりとしての役目を果たすだけではなく、全ての人がハッピーになれる素敵な「口実」として機能しているのです。
「何かを得るために必要なものは、必ずしもお金じゃなくていいと思ってる。」
「その人が出来ることで、お互いに何かを交換し合う暮らしがあっても良い。」
それは物々交換の発想に近いものかもしれません。だから彼らは「薪通過」は通貨を「一抱えの薪」に限らず、例えば町の人が持ってきてくれたものが「軽トラック一杯分の乾いた広葉樹」だとすれば、ディナーをご馳走するのだそうです。
知らない人とごはんを食べて、一緒に楽しい時間を過ごす意味
薪通貨の他にも、おもしろい取り組みがあります。その代表的なものが「みんなでごはん」です。
月に一度、予約制で人を募り、その場に集まった見知らぬ同士で一緒にごはんをいただきます。人数は14~20名程、お一人で参加される方もいれば、母娘で参加する方やグループもいると言います。
ですが、何人で訪れたとしても、まずお店に入るとみな平等にくじを引き、スタッフもお客様も混ざって席に着きます。料理は個別のお皿が用意されるコースではなく、あえて取り分けが必要な大皿で提供。そうすると、料理の近くにいる人が「取りましょうか?」と話しかけ、そこから自然と会話が始まって行くのだと言います。
更には、「あなたの夢は何ですか?」など、あらかじめ決められたお題に沿って自分の想いを自由に発言する時間も用意されます。言いたくなければ名前すら言わなくてもいい。初めて出会った人と、肩書きやしがらみをなくした一人の人間に戻って会話を楽しむ。そこには、本当の意味での自由な時が流れます。
「みんなでごはん」の原点は、フランスの農場民宿での体験にあります。そこでは、朝昼晩全ての食事を、そこにいる人全員で同じ時間帯に、同じものをいただきます。日本の旅館などであれば、「夕食の時間は何時で」など、自分の好きな時間を指定して自分だけで食事をすることが一般的ですが、フランスの農場民宿はそうではなかった。まさにそれは「コンビビアル(みんなで一緒に過ごす時間を楽しむなどの意)」の言葉を体現した場所で、「カフェオニヴァ」の方は、そんな場所を日本でも作りたいと思ったそうです。
偶然が偶然を呼び、想いも寄らなかった素敵な出会いが育まれる、まさにそこは「人と人が交わる場所」。「カフェオニヴァ」は、ただのレストランを超えて、出会いの場へと歩みを進めているのです。
町のメインストリートに、町人全員分のごはんを並べてみたい
そんなカフェオニヴァの方々に、夢はありますかと聞きました。すると、返って来たのは「『みんなでごはん』の進化形として、『町のみんなでごはん』がやりたい」という答え。
実際に、フランスの片田舎の人口650人ほどの小さな村では、それが行われているのだそう。村のメインストリートに全員分のごはんを並べ、住む人全員がそこに集って美味しいねとごはんを食べる。参加費は村が負担するため、それぞれの参加者が持ち寄る費用はわずかなのだと言います。
「カフェオニヴァ」方々は、徳島県の神山町でもそれと同じようなことが出来たら楽しいよね、と笑います。そう笑う彼らの表情は、どこか大人で、けれど少年が夢を語る時のような、希望の光を宿しているようにも見えました。
ここにいると毎日が旅をしているみたい
「カフェオニヴァ」の扉は、まるで旅の扉のようだと彼らは言います。
毎日が発見の連続で、何が起こるか分からない。レストランとしてはもちろん、そこで暮らす自分たちも勉強することばかりで、日々自分たちの無知に打ちのめされるような気持ちすらあるのだと。
けれど、そこには都会には無い何かがあったように思います。夢に向かって、一歩一歩、自分たちの信じるものを積み重ねて行くような、実直な何かが。
カフェオニヴァは、まだ夢に向かう道の途中です。オープンしてからまだ一年と三ヶ月。道の先には、何が待っているのでしょう。今日も、「カフェオニヴァ」には人が集います。
お店の情報
Cafe on y va(カフェ オニヴァ)
店舗名:Cafe on y va(カフェ オニヴァ)
住所:徳島県 名西郡神山町神領字西野間5-1
最寄り駅:JR徳島駅 ※徳島駅から徳島バス「寄井中」まで約70分乗車
電話番号:050-2024-4918
営業時間:開店 12:00、ラストオーダー21:00
定休日:水、木曜日
公式Facebook
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