自分たちの価値観や「好き」を突き詰め、本という形を選んでその世界を表現する人たちがいます。もとくらでは、そうした「本」の作り手たちに、どういう思いをもって本作りをしているのかを取材してきました。
商業目的ではない、自費出版や個人レーベルで作成された本をリトルプレスやZINEなど、いろいろな呼び方で表現しますが、一冊にこめられたコンセプトや伝えたいメッセージは多種多様。今までもとくらで紹介した、個性豊かな本たちを、まとめてみました。
[1]NORAH
東京の「青山ファーマーズマーケット」を主催している、メディアサーフコミュニケーションズ株式会社が発行している「NORAH」。野良的感性で生きていく、というキーワードに、ファーマーズマーケットに出店している農家さんを取材した記事を掲載し、毎号特集を組んで雑誌を作っています。
野良を英語にすると「NORA」ですが、最後にHをつけることで、女性らしい雰囲気を出したかったといいます。食や暮らしにまつわる情報に敏感な女性の感性を大切にしたいという、編集部の方々の思いがこめられています。
[2]dm
daily music, direct markingというコンセプトを持つ、リトルプレス「dm」。誰もがインターネットを通じて発言できるようになった現代において、ネットのなかに埋もれてしまった若い人たちの言葉をひろって、集める雑誌として誕生しました。
決して高尚な理論や、カッコいい言葉でなくていい。名も無き誰かによって、等身大の思いが言葉となって紡ぎ出されるとき、「dm」はそれらをいち早くキャッチするリトルプレスを目指しています。
[3]Crafter
「手仕事に生きるすべての者たちへ」と謳うリトルプレス「Crafter」。手仕事で食べていきたいけれど、どうすればいいか分からない。踏み出し方が分からない、という職人やものづくりをする人向けの雑誌です。
手作りやものづくりが、密かなブームになっている一方で、「Crafter」はある種のビジネス誌として、淡々とものづくりを続ける人たちを応援し、サポートしたいという思いのもと、特集企画などを組み、掲載しています。誰でも手仕事を始められるような時代だからこそ「続ける」ことの重要性を説く、手仕事にまつわる雑誌のなかでも、一線を画す一冊です。
[4]色ちゃん『初めて東京で会った時の事を覚えていますか?』
タイトルの頭にある「色ちゃん」とは、イラストレーターの田中佐季さん、有本ゆみこさん、anccoさん、前田ひさえさんの女性クリエイター4人で構成されたアートユニットの名前です。「色ちゃん『初めて東京で会った時の事を覚えていますか?』」の中には、4人のアートワークとインタビューが掲載されています。
ものづくりをする女性の孤独と熱量がぎゅっと濃縮された内容で、インタビューを読むと伝わってくる作品づくりの姿勢は、誰もがとてもストイック。4人の女性アーティストたちの世界を垣間見ることができ、いつまでも夢見る少女じゃいられない、すべての女性に読んでいただきたいリトルプレスです。
[5]髪とアタシ
2013年に創刊した美容文藝誌「髪とアタシ」。最先端のサロン技術やサービスではなく、今を生きる美容師の生き様や働き方に焦点を当てた本です。2015年7月には、3号目が発刊され、本屋さんだけでなく美容室にも少しずつ認知が広まっています。
編集長のミネシンゴさんは、ご自身がかつて美容師だったときの経験と、離職率の高さを解決したいという思いから「髪とアタシ」を立ち上げます。雑誌自体は、規模を大きくするのではなく、お気に入りの美容院に行くように、気に入った人に何度も手に取ってもらえるようになって欲しいといいます。
すでに美容師として働いている人、美容師を目指している人、もしくは働き方や今の仕事に悩みを持っている人は、全国の書店のどこかで見つけたら、ぜひ手に取ってみてください。
[6]PERMANENT
食べることは、考えること、そして身体をつくること。「つくる、たべる、かんがえる」をコンセプトに「PERMANENT」は、静かに、けれど力強く「食べること」の意味と目的、そして食の裏側にある事実に目を向けるよう訴えてきます。
ショッキングな屠殺の動画を、公式サイトに掲載するなど、やわらかな雑誌の雰囲気のなかに刺さる何か。「食べものの背景を知ることで、その消費量はコントロールできるようになるのではないか」という思いのもと、公式サイトと雑誌づくりはもちろん、「PERMANENT」主催のイベントを開催しています。
目の前の食べ物が、どういうプロセスを経てわたしたちの手元にたどり着いたのか。目を向ける勇気と覚悟をくれる雑誌です。
[7]てくり
日本各地の、地域の魅力を土地の歴史や暮らしに紐づけて発信する地域文化誌。その先駆者的存在である「てくり」は、岩手県盛岡市の魅力を中心に紹介しているミニコミ誌です。県内外に多くのファンを持ち、2015年で創刊10周年を迎えます。
日本の田舎というと、今や交通網の発達により画一化している町が目立ちます。盛岡も、その向かい風を受ける地方都市のひとつ。それでも6畳一間のアパートのような、手を伸ばせばかゆいところに手が届くコンパクトさが変わらない魅力です。その良さを伝えるために「てくり」の編集部の方々も試行錯誤しているといいます。自分の暮らす町や、地元の良さこそ、じつはあまり見えていないもの。その視点に気づかせてくれるのが「てくり」という雑誌です。
[8]花椿
堂々の大企業「資生堂」が展開する企業文化誌「花椿」。70年以上の歴史誇る「花椿」は、はじめは店とお客さんをつなぐ媒介の役割を担う雑誌でした。PR誌でありつつも、コミュニケーションのツールになっていた「花椿」は、数々のアーティストや文筆家が企画・寄稿に携わっています。
時代の変遷とともに、生き方が多様になってきた女性たち。だからこそ「花椿」もひとつの正解を見せるのではなく、読者といっしょに「美しさとは何か」を探る姿勢にシフトしてきたといいます。資生堂の化粧品を販売している百貨店のブースや、各店舗で手に取ることができる「花椿」。練りに練られたコンテンツから、「美しい人」への道筋のひとつが、「花椿」で見つかるかもしれません。
[9]TOmagazine
東京都内の23区を、ひとつずつ取り上げ、1区1冊作成を目指す「TOmagazine」。創刊当初から、関係者の注目を浴びていた雑誌です。各区に入り込んで取材をし、時には現地で寝泊まりをしながら「この区っぽいおもしろいもの」を探っていきます。だからか、ふつうの観光ガイドとはまったく違う、ローカルな情報があちこちに散りばめられています。
編集部としては、やりたいことを形にしながら、それをきちんとビジネスとして回していきたいといいます。マス向けの雑誌ではない、刺さる人には刺さるコンテンツをつくることで、雑誌としてのおもしろさが増幅していきます。今後は、誌面に載せきれなかった情報を、ウェブサイトで発信していく予定だそう。一冊きりではなく、次号が楽しみになる雑誌のひとつです。
[10]津和野時間
島根県津和野市を紹介している地域文化誌の「津和野時間」は、地域おこし協力隊の女性の一声からはじまった雑誌です。地元の人にはなかなかわからなかった魅力を、よそから来た地域おこし協力隊のメンバーの視点を借りて、一冊の本にまとめました。あえて「ここはどこ?」と思われるような写真や、場所を取り上げることで津和野の隠れた良さを引き出す内容に仕上がりました。
雑誌を作ることで、誌面づくりに協力する行政の人びとや地元の商店の人たちは、「まさか津和野のそんなところが注目されるとは」と驚くと同時に、なんとも思っていなかった津和野という地域への愛着が沸いてきたといいます。手作りの文化誌だからこそ、津和野の人々の息遣いが伝わってくる、あたたかさがあります。
[11]鶴と亀
インパクトのある写真と、あどけない表情のおじいちゃん、おばあちゃんが登場する「鶴と亀」。長野県奥信濃地域に住む小林兄弟で作るフリーペーパーには、チャーミングなお年寄りばかり。地元出身という強みを活かして、彼らの自然な表情を引き出し、イケてる地元の良さを、イケてるおじいちゃんおばあちゃんといっしょに魅せる雑誌です。
「じいちゃんばあちゃんのほうが若い人たちよりも、生き生きしている」という小林さん。自分たちが、70、80歳になったとき、これくらい自由で、好きなことをして暮らせるようになりたいという憧れがあるといいます。少子高齢化というと、暗くかなしいイメージがつきまといますが、お年寄りが元気がない、というのはただの偏見。「鶴と亀」に登場する諸先輩方は、読者である若者よりも、ずっとキラキラしているかもしれません。
紙の本は売れないと言うけれど
インターネットで大量のコンテンツが、無料で閲覧出来る時代に、情報発信やメッセージを伝えるために、わざわざお金をかけて「本」という形をとるのは、無駄だと感じる人がいるかもしれません。けれど「本」だからこそ届く読者がいて、「本」だからこそ読みたくなる文章、見たくなる写真がきっとあるはずです。
もとくらでは、これからも「本」づくりに思いをかける人々を、媒体のメッセージと合わせてご紹介していきます。おたのしみに。