うら若き乙女の頃、「スタジオボイス」に憧れ、気が付けばグラフィックデザイナー、イラストレーターとして仕事をするようになっていたという惣田紗希。「本が好きだから、読む人が一番心地いいと思えるデザインを追求したい」と語る彼女は、不思議なほど肩の力が抜けていて、気負わない。かと思えば、絵の修業のために1日1枚必ず何かを描くと自分で決めて、ストイックに続ける努力家でもある。「マイペース」という言葉が似合う、才能溢れる一輪の華に人生を聞いた。

(聞き手・佐野知美)

「私の心」を、絵を描くことでキレイにしていく

── 今のお仕事の肩書は、「グラフィックデザイナー・イラストレーター」と。具体的にどんなお仕事をされている?

惣田 紗希(以下、惣田) 書籍のデザインや、音楽CDのジャケットイラスト、展示会など、絵やデザインに関するいろいろなお仕事をさせていただいています。

ザ・なつやすみバンド『パラード』
ザ・なつやすみバンド『パラード』
片想い『すべてを/グッドエネルギー・シンキングタイム』
片想い『すべてを/グッドエネルギー・シンキングタイム』

 

── 昔からデザインや、イラストを描くことが好きだった?

惣田 そうですね。小さい頃からその日見たものを何となく絵に描いてみたりとか。

── 惣田さんにとって、デザインすることやイラストを描くことってどんなこと?

惣田 うーん、なんだろう。デザインは、高校生の頃に雑誌「STUDIO VOICE(スタジオ・ボイス)」を見て、「うわぁ、こんなにかっこいい世界があるんだ」って刺激を受けてから職業として意識してきたもの。

でも、イラスト……つまり絵を描くって、私本当に何も考えていないから。

── 何も考えていない?

惣田 と言うと語弊があるかもしれないけれど、絵を描く時に何か強いメッセージを込めているかと問われると、そうじゃない場合も多いんです。むしろ、見た人にその印象を委ねたいというか。

── ふぅん?

惣田 私のイラストを見て、「切ない」とか「刹那的」とか、そういった感想をいただくことがあります。それを聞いて、「へぇ!」「そうなんだ!」とかって逆に私が気付かされたり。

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── おもしろいですね。私は惣田さんの、この女の子のイラストが好きです。モデルはご自身?

惣田 いえ。よく聞かれますけど、あの人は誰でもなくて。

── 誰でもない。

惣田 誰でもない上に、顔すら描いていない時もあります。最初は漫画っぽい目とか口が、きちんとある人を描いていたのですが、なんだかだんだん面倒くさくなってきちゃって(笑)。人は描きたいけど、表情まで描くの面倒くさい……みたいな(笑)。

── へぇ……。

Transparent melancholy
Transparent melancholy

惣田 強いて言えば、ベルギーのダンス・カンパニー「ローザス」に影響されているかもしれません。バレエやフラメンコといった既存のジャンルに属さない、コンテンポラリーダンスを専門とする人たちなんですが、同じ格好をした女性がさーっと出てきてひたすら踊るという映像を見て、「あぁなんか綺麗だな」と思って。

顔よりも体を描きたいというか。ひとつ格好が決まっているようなものに魅力を感じて、顔が省略されて……。自分では、あの人たちは少し暗い、若干の後ろめたさを持った人たちかなぁという感じで捉えていますね。

本を読む人が心地いいなと思える空間が作りたい

── 最近手がけたお仕事についても教えてください。

惣田 比率としては、音楽関係の仕事が多いですね。

惣田紗希さん

── 音楽関係の仕事をするようになった、きっかけってどこにあるんですか?

惣田 「cero」というバンドのジャケットデザインなどをさせてもらったことがきっかけだったんですが、もともとはドラムを担当している方がデザイン学校時代の同級生で。ちょうど私が会社を辞めてふらふらしている時期に、『「cero」のアルバムを作るからデザインをやってよ』みたいな感じでお願いされたんです。

cero『WORLD RECORD』
cero『WORLD RECORD』
cero『My Lost City』
cero『My Lost City』

惣田 そしたら、そこから音楽業界内で口コミで拡がるようになって。

── へぇ。

惣田 でも、本当は本のお仕事がすごく好きなんです。いや、もちろん音楽の仕事も魅力はありますが、またそれは別として。

── 柴崎友香さんの書籍、『虹色と幸運』のカバーイラストは、とても素敵でした。やはり装丁を手がけたい?

柴崎友香『虹色と幸運』
柴崎友香『虹色と幸運』

惣田 いえ。本の装丁やイラストというよりも、「本の文字を組む」方が好きですね。

── 「本の文字を組む」。

惣田 本の文章や、中の仕様のデザインのことです。字間や書体、行間などを調整して、読む人に心地いいと思ってもらえる本の空間を作る作業。文章と文章の間の余白があって、そこで生まれる区切りとか。読む人にとっての時間、呼吸、タイミングとか……。そういった、読む人が本に対峙する時のことを考えてデザインすることに力を注ぎたいなって思うんです。

── 私も本は読みますが、考えたことがない感覚です。

惣田 最近は音楽の仕事をしていて、共通項を見つけたりもします。音楽の世界においても、歌詞は言葉になっていて、歌詞カードは本になるじゃないですか。そういった要素を見ると、あながち音楽の仕事も私がやりたいことと遠くないんだなと思えてきて。

── なるほど。

惣田 とにかくデザインする上で、一番大切にしたいことは、その文字を人が読む時にどうしたいのか、みたいなこと。どんなものでも、せっかくものとして誰か人の手に届くのであれば、なるべく長くその人の生活の中にあり続けられるものを作りたいなって。

── 素敵。

惣田 すぐに要らなくなってしまうものよりは……。音楽も、今は一昔前と違ってデータで買えてしまう時代なので、その中でも、CDを選んで買ってくれる方々がいるのなら、例えばその人の本棚にずっとあってほしいなと思う。

あ、そういえば、最近レコードと本が一緒になった『木漏れ日のうた』という、7インチレコードと本屋がひとつになった作りの作品をリリースしました。名義は「うつくしきひかりと惣田紗希」。

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うつくしきひかりと惣田紗希『木漏れ日のうた』

惣田 「木漏れ日のうた」は、本と音楽の仕事を上手く組み合わせられた感覚がありました。本であり、音楽だけど、どちらも生活の中にあったらいいなと思う要素を持っているもの。自分の興味関心が向かう本と、長く手がけてきた音楽のジャンルを掛けあわせた、これから目指したい方向性と言ったら大げさですが、何かひとつ道が開けるような感覚を得たお仕事でした。

── 惣田さんご自身はどんなものがお好きなんですか?

惣田 大島弓子さんの『綿の国星』など、漫画がとても好きですね。書籍だとなんだろう。タムラ堂さんから出版されている、絵本の『夜の木』とか。


惣田 人の手がかけられた本だということが、目で見て、触れて、五感で理解できるような本に憧れます。『夜の木』を最初に目にした時は、少し感動しちゃいました。人の手で作られた、人の手に届くべきもの。お金と手間が非常にかかるのですが、でもいつかはこういうことやりたいなって思わされた本です。

……売れるかどうかとかは、また別に考えなければいけないのですが……。

「大人になったなぁ」と最近思います

── 「30歳になる」ということへの意識はありますか?

惣田 なんだろうなあ。20歳になった時も同じことを思ったんですが、「30年も生きてきて良かったな!」(拍手)みたいに思います。無事に生きてこられた自分にちょっと感動すらしますね。

でも30歳になったら、流石に大人なんですよねぇ。

惣田紗希さん

── ですねぇ。ひとつの節目だと感じます?

惣田 女性として、やっぱりちょっとは感じますね。仕事の面で言うと、相手と対等になってきている感覚があります。これはとても良い意味で。自分の仕事とまったく違うジャンルの方にお会いすることも多いのですが、その方々は結構30代の人が多くて。そうすると、20代前半の頃よりもはるかに対応がしやすいので、私も人と対等に話せる年齢になったんだなあっていう。これもまた感慨深い(笑)。

── 結婚願望はある?

惣田 うーん、いずれ。ふふ(笑)。

── 子どもはほしい?

惣田 SNSなどで同級生の子どもを見ると、ほしいなと思います。

── たしかに、29歳にもなると、大学の同級生などは出産ラッシュですよね。

惣田 地元の友達はもうみんな産んでますね。

── それに焦りとかは?

惣田 ないですね。

── 惣田さんのお仕事って、母親になっても続けられそうですよね。働く場所を選ばないというか。

惣田 そうかもしれません。今も、栃木県を拠点に、週1回は打ち合わせのために東京に出てくるみたいな生活をしていますし、結構柔軟なスケジュールで。

── 10年後も今みたいな働き方をしていると思いますか?

惣田 分からないなぁ。場所も、このままここにいるかどうかって、分からない。いずれ東京にまた戻ってくるかもしれませんし、自分に合った街がほかに見つかったら、そこで仕事をするかもしれない。今は、栃木県の自然に囲まれていることが、すごく自分に良い影響を与えていると思うから、しばらく働くスタイルを変えるつもりはありません。

自然を見つめる暮らしをしていたら、植物のイラストが増えて、得意になってきましたし。

sakisouda

── 植物の絵、いいですよね。

惣田 東京にいるよりも、四季の移り変わりを五感すべて使って感じられるのがいいですね。それを書き留めるために植物を描き始めたら、「はっ! 私植物が描けるようになっている!」って。

── 全体的に、惣田さんは気負ってないですよね。

惣田 人生を急いでいないかもしれないです。

……いや、でも仕事はすごく急ぎます。

── 偉い。

やりたいことに近付くための遠回りは、近道かもしれない

惣田紗希さん

── もし、今より少し若い世代に、何か一言伝えるとしたらどんな言葉を選びます?

惣田 うーん。自分がやりたい仕事の成り立ちや、全体の流れを知っておくのがいいよ、と伝えますかねぇ。自分がやりたい仕事の周辺にも、たくさんの「やらない仕事」が埋もれているので。

私にとってそれは、「書店で本を売る」ということでした。デザインした本が、どこでどのように人の手にわたっているかということがどうしても知りたかったので、じつは数年前、一度会社を退職して本屋さんに勤めたことがあったんです。その時の経験はとっても今役に立っているので、それかなぁ。

── うんうん。

惣田 若さにつけこんで、突撃していく方が人生はおもしろいと思います。

── 最後に、なんかすごい攻めたことをおっしゃるんですね(笑)。ありがとうございました。

お話をうかがったひと

惣田 紗希(そうだ さき)
グラフィックデザイナー / イラストレーター。1986年生まれ。栃木県在住。2008年桑沢デザイン研究所卒。 デザイン会社にて書籍デザインに従事したのち、2010年よりフリーランス。 cero、ザ・なつやすみバンド、うつくしきひかりなど数多くの音楽関連のデザインを手掛けるほか、書籍や雑誌のイラストでも活動中。

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