「1965年の東京オリンピックに、各国の選手たちに日本の代表的おみやげとして鳴子こけしが選ばれたんだよ。あの頃は寝ずに何本つくったかな……。」
そう話す、鳴子こけしの工人さんたちの話を、伊藤さんは鳴子こけし祭りで聞きました。ほかにも、こけしを作る多くの工人さんたちと接してきた伊藤さんは、今西荻窪で、紅茶とこけしのお店「西荻イトチ」を開いています。
「人」が見えることで愛着がわく
これまで、十数年に何度か「こけしブーム」が起こってきました。今は第3次ブームが続いていると言われています。「西荻イトチ」はそうした熱心なこけしファンが足を運ぶ、憩いの場になっているようです。
お店を開いた伊藤さんは「郷土玩具がもともと好きで、津軽の工人さんとお会いしてますますこけしが好きになりました。」とのこと。
こけしの仕入れは、こけしを作っている現地へ足を運ばずとも、電話や手紙でお願いすることもできます。ただ、伊藤さんはなるべく工人さんとお会いして、自分の目でこけしを選んでお店に卸したいと話します。
「こけしはカタログがあるわけではありません。それに、実物を見て筆や木の具合を自分で確かめたいという気持ちもあります。商売だけでなく、工人さんたちと繋がっているのはとても大事だと思っています。人のつながりがあるからこそ成り立つ部分もありますし、なにより工人さんたちも喜んでくださるし、協力的になってくださいますしね。」
買ってくださったお客様には、直接工人さんと顔を合わせている伊藤さんだからこそ知っている思いや情報を、必ず伝えていらっしゃいます。ただ買う、という行為に加えて背景を知ることができれば、飽きがこないし、より大切にしてくださるのでは、と伊藤さんは仰ります。
ディスプレイや置物として楽しむだけでなく、成り立ちや歴史など知識があれば、楽しみ方にも深さと広がりが生まれてくるのです。
ブームで終わってはいけない
そんなに遠くない昔、こけし好きの蒐集家たちは、自分の好きなこけしを大量に買い上げていました。というのも、好きなこけし工人さんが生活できるよう、こけしを残していくための投資をしていたのです。ただ、今ではそうした密な関係性は、決して一般的ではないように思います。
現在、こけしと一言に言えどもその姿かたちは多様です。お土産物コーナーに売られているもの、はたまた工人さんの手仕事によって、てまひまかけてつくられている一点ものまで「こけし」と呼ばれます。
「こけし」に触れる入口は、人それぞれです。ただ「西荻イトチ」は、「こけし」を扱う場でありながら、他とすこし違うなと思うのは、こけしと工人さん、そしてお客様をつなぐ大切な場所のひとつとなっていることです。
「ブームと言われるものには、終わりがあります。でもこけしはブームで終わらせたくないんです。確かに売れることはとても重要ですし、だから生活が成り立っている工人さんもいらっしゃいます。けれど、ただ買うだけではなくって、きちんと知識やモノに対する勉強をすれば分かる魅力がきっとあると思います。好きであれば、なおさらです。」
伊藤さんがこけしを集めだした頃「いっぱい買わなくっていいから、細く長くお付き合いよろしくね。いつまでも好きでいてね」と、おじいちゃんの工人さんに言われたそうです。
物欲を満たすだけではもったいない。こけしの後ろに広がる世界に、耳を澄ましてみる。そうすると、「ただの郷土玩具」ではない魅力がじわりじわりと香ってくるのではないでしょうか。
工人さんとお客さんをつなぐお店
「西荻イトチ」では、頻繁にこけしや郷土玩具に関するイベントを行っています。伊藤さんに、次はどういう催しを企画したいかをお聞きしました。
「工人さんが東京に来てくださると、お客さんも喜ぶし、工人さんでお店によってくださる方もいらっしゃるので、そういう場をつくりたいなと思っています。」
今と昔で、こけしを取り巻く環境は変化してきました。それでも、こけしがブームではなくこれからも誰かにかわいがってもらえるものであるために、工人さんとお客さんをつなぐ「西荻イトチ」は、今日もお店でお客様を待っています。
お店の情報
西荻イトチ
住所:東京都杉並区西荻北2-1-7
電話番号:03-5303-5663
定休日:月曜日 ※臨時休業あり
公式HP:http://tea-kokeshi.jp/