僕は 「田舎 」で生きていこう 。 「田舎 」で自分の人生を切り開いていこう 。ここでなら 、きっとそれができる 。その日から、「田舎」が僕の目指すべき希望の地となったのだ。
(渡邉格『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』、講談社、Kindle版:No.1459)
地域の天然菌と天然水、そして自然栽培原料を使ってパンとビールをつくるパン屋「タルマーリー」。店主でパン職人の渡邉格(以下、イタル)さんと女将の渡邉麻里子(以下、マリ)さんは、震災を機に岡山県勝山に移住した後、2015年6月に鳥取県智頭町へ拠点を移しました。
鳥取県と日本財団が共同実施中のプロジェクト「日本一のボランティア先進県」の取組みの一環としてお声かけいただき、6月下旬にさまざまなメディアやクリエイターの方々と智頭町に行って来ました。そこで出会ったのがタルマーリーさんです。
人生をかけた挑戦の真っ最中にいるイタルさんは、智頭町でパンを焼くことを通じて何を目指しているのでしょうか? お金中心の「腐らない」経済から、発酵を繰り返す「腐る」経済について述べられているイタルさんの著書『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』には、タルマーリーが目指すパンづくりについてこんなふうに書かれています。
つくって売れば売るほど、地域の経済が活性化し、地域で暮らす人が豊かになり、地域の自然と環境が生態系の豊かさと多様性を取り戻していくパン─ ─。
(渡邉格『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』、講談社、Kindle版:No.1607)
彼らは利潤ではなく、「循環」と「発酵」に焦点を当てたパンづくりに挑戦し続けているのです。
天然菌が舞い降りてくる“場”をつくるために移住
パン職人であるイタルさんの仕事を一言で説明するなら、空気中から菌を採って食品を発酵させることです。
「例えば、完全放牧で低温殺菌の牛乳を常温で置いておくとヨーグルトになるんです。ケフィア菌やブルガリア菌を入れるわけでもなくて、ただ置いておくだけ。そうすると空気中から菌が舞い込んできて、自然に発酵する。同じように麹や酵母、乳酸菌も空気中から降りてくるんです」
天然菌を求めて夫婦は移住し、タルマーリーも移転。しかし千葉県では「麹菌の採取がうまくいかなかった」とイタルさんは言います。
「震災がきっかけでもありますが、麹菌を絶対採るという目標をもって岡山県真庭市勝山に店を移転しました。勝山では麹菌を採取できたんですけど、3年目に自然界には存在しないのではないかという吟醸香の麹が採れてしまって」
パンをおいしくさせる天然菌を採取するために必要なものとは何だろう? 7年ほど考え続けてきたイタルさんが出した答えは、本当にきれいな森と水と空気が必要だということ。最高の環境でパンやビールづくりに励むために、2015年に智頭町にやって来ました。
「当時の環境で満足しているはずだったんですけどねぇ。製粉機を導入して小麦を自家製粉すると決めたのに、できていない。ビールを醸造したいと計画しても、うまくいかない。そういうやれていないことを全部やるために、こっちに移転してきました。突如移転を決めたとき、当時のスタッフに『この店を潰すぞ、ついてくる奴はいるか!?』って聞いたら、誰も手を挙げなかった。いま思えば、そんなやつに誰もついて来るわけないですよね(笑)」
それでもイタルさんは半ば強引に、移転の準備を進めます。店の移転のためにフォークリフトとクレーンの免許を取得するほど、その意思は強かったのです。
「協力を得られないのはしょうがないので、ひとりで機材を解体して運んだりしました。ということでね、引っ越しの技術を半端なく身につけました。1トン級のものなら、今は軽く動かせますよ」
「消費のサイクルから抜け出したかった」。古いものだけで元保育園をDIY
智頭町に移住してからは、まず、保育園だった建物を改装することからスタートしました。
「園内に入るときに胸がキュンとなる感覚がどうしても捨てられなくて……。義務教育というか、学校的な雰囲気が苦手なので、まずは全てを一掃しようと思って、入り口の下駄箱の破壊からはじめました。あ、解体のことです(笑)」
店づくりのコンセプトは“古いものだけでつくろう”。「新しいものを生み出しては捨てる、という大量生産・大量消費のサイクルから抜け出しかった」と話すイタルさんは、LEDの電気をのぞいて、ドアから椅子、テーブルなどの資材をできるだけオークションの「ヤフオク!」で手に入れてDIYしたそうです。
「これは100年くらい前のドアです。ボロボロすぎて誰も買わなかったものを落としました。絶対におれがこの商品を落札する!と決めて、毎晩何かしらの部品や材料を落札しては、次の日に工事していたんですよ」
ご自身でなんでもやり遂げてしまうイタルさん。どうして自力でできるのでしょうか?
「びっくりしましたね!『教えて!goo』で調べれば、たいていのことが書いてあって解決できる」
なんと、入り口から入ってすぐの通路の壁はブロックを建てる技術を「教えて!goo」で学んで建てたそう。小屋やウッドデッキ、ピザ窯まで自作です。
「勝山では店を潰す必要もなかったのに潰してしまって、自ら無職になって。もうやるしかねぇって感じで、とにかくDIYしました。追い詰められるとやりますね、やっぱり(笑)」
野生酵母ビール醸造開始!菌と共生するパンとビールづくり
2015年6月12日、こうして智頭町で開店したタルマーリー。小麦を自家製粉する製粉機の導入はもちろん、ビール醸造もはじめました。イタルさんが案内してくれたビール醸造室の中央には、圧力タンク式で温度管理できる4台の大きなタンクが設置されています。
「ビール酵母は沈殿します。タンクの下層に貯まる1~2割くらいのオリ(澱)が酵母として使えるようになるんですけど、その上澄みの部分はビールとして飲めるわけで。ビール醸造は、ビールをつくり、通常は廃棄分になる1~2割のビール酵母を使ってパンをつくったらどうだ? という好奇心から生まれたんです」
タルマーリーはビールづくりにおいても、市販のイースト菌を一切使わず、自家培養の野生酵母だけで醸造している、日本でも唯一の醸造所。一部の製品に野生酵母で醸造しているビール醸造所は日本でも数箇所と非常に珍しいのです。ビール業界の常識の逆をいく殺菌・滅菌しないビール醸造は、安定的に温度を管理し、野生酵母の状態によって発酵を見極めるなどの技術を必要とします。
一般的なビールメーカーなら廃棄するビール酵母を生かしたパンづくりと、菌と共生するビールづくり。現在タルマーリーではビール酵母を、パンとピザを焼くために使っています。
何かを究めることに熱中しろ。田舎で挑戦するひとが増えてほしい
現在タルマーリーには10名のスタッフが働いており、地域の貴重な雇用の場となっています。一方で、来客のほとんどは県外から。智頭町のお客さんは、まだ多くはありません。販売に苦労しているところもあるそうですが、大切にしている価値観が揺らぐことはないでしょう。
「僕らはやりたいことができれば良しなので。売るためにやるというよりは、やりたいことに集中する。徹底的につくることを攻めて、そのあとに売れたらいいなぁと考えています。小規模だからできることがあるんです」
イタルさんの発言に、「売れなきゃ困る(笑)」と突っ込むマリさん。
こんなやりとりをしながら、二人はやりたいことを続けるためのスタンスを貫いてきたのでしょう。開業してから8年間、地道に積み上げてきたものについて、イタルさんは著書で以下のように綴っています。
こうしてパンをつくりはじめて10年が経った。気がつけば、「 天然菌」や「 自然栽培」にのめりこみ、「 パン屋でこんなことしている人はいない」、「不思議なパン屋」、「面白いパン屋」とまわりからいわれるようになっていた。
手っ取り早く何者かになろうとしたってなれっこない。何かに必死で打ち込み、何かを究めようと熱中していると、ひとりひとりがもつ能力や個性が、「内なる力」が、大きく花開くことになるのだ。
(渡邉格『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』講談社、Kindle版:No.1961)
イタルさんが述べられるように、タルマーリーという店は、パンづくりにかける夫婦のひたむきな姿勢を体現していました。
「働いているスタッフから見ると、気が狂ってる店主だと感じるはずです(笑)。せっかく店が良い状態になったと思っても、どんどん新しいことを始めて変えていこうとするから」と、いたずらっぽい笑みを浮かべるイタルさん。今後の展望を教えていただきました。
「この森と里山に経済的な循環をつくって、そんな良い循環の中に自分たちの身を置いていきたい。森がきれいになれば水と空気がきれいになる。できるだけこの里山の田畑を無肥料・無農薬の環境にすると、うちの工房にも良い菌が舞い降りてきてくるんじゃないかと思っています。地域資源を生かしてパンを焼き、お客さんに食べてもらい、またそれを農家や林業家に還していく。こういう循環をつくることで、無から有が生まれるシステムをつくっていきたい」
林業家は森を保ち、その結果美しい水と空気が育まれます。タルマーリーが智頭町の木を使ったペレットや薪でピザを焼く理由は、地域の林業家にお金を渡したいから。
「お金には、未来を選ぶ投票権としての力がある」と述べるイタルさんの、これからの未来をつくる若者に向けたメッセージを、著書から引用して終わりたいと思います。
僕らの思いに共感してくれた人は 、ぜひ 、未来への一歩を踏みだしてほしいと心から願う 。できれば 、田舎で僕らと同じ闘いに挑む人が増えてほしい 。それに限らなくとも、自分の 「内なる力」を高め 、土や場をつくることに意識を向ける人が増えてほしい。
(渡邉格『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』講談社、Kindle版:No.2192)
編集後記
自らの好奇心を追求して田舎で挑戦する人々は、静かに、着々と増えているように思います。これからはどこで、どう生きよう? そう考えさせられる渡邉家の暮らし。田舎が秘めるチャンスを見逃さないようにしたいです。
(この記事は、日本財団と協働で製作する記事広告コンテンツです)
このお店のこと
タルマーリー
住所:鳥取県八頭郡智頭町大背214-1
電話:0858-71-0106
営業時間:ビアカフェ 10時~17時
定休日:火・水曜日(月曜はパンの製造をしません)
智頭駅までのアクセス
京都から2時間半、大阪から2時間、神戸から1時間半(特急スーパーはくと)
岡山から1時間20分(特急スーパーいなば)
鳥取から30分(特急スーパーはくと/特急スーパーいなば)
公式サイトはこちら
お話をうかがったひと
渡邉 格(わたなべ いたる)
1971年生まれ。東京都東大和市出身。23歳のとき、学者の父とともにハンガリーに一年間滞在。農業に興味を持つようになり、千葉大学・園芸学部園芸経済学科に入学。在学中、千葉県三芳村の有機農家で「援農」を体験。「有機農業と地域通貨」をテーマに卒論を書く。卒業後、有機農産物の卸売販売会社に就職、そこで妻・麻里子と出会う。31歳のとき、突如パン職人になることを決意し、東京のパン屋で修業。2008年に千葉県いすみ市で「パン屋タルマーリー」を独立開業。2011年の東日本大震災と福島第一原発事故ののち岡山県に移転。更に、2016年に鳥取県智頭町に店舗を移転し、パン、ビール、カフェの三本柱で事業を展開している。