「灯台もと暮らし」(以下、もとくら)の地域特集は、毎回特集の担当者がコンセプトを決めます。

東京都内の西荻窪なら「帰りたくなる町に暮らそう」、蔵前なら「モノづくりの町・蔵前」などです。

これらは各地域に愛のある編集部員、もしくは編集部と地元の方をつないでくれた方々の目線と重ねて切り取り、コンセプトとして決定されます。

さて、松陰神社前はどんな町?

世田谷線
世田谷線

何度も世田谷線で通ううち、少しずつ色づいて見えてきた町の風景。

東京23区の一つである世田谷区にありながら、どこか懐かしいようなこじんまりとした小さな駅と、南北に伸びる商店街。ゆるやかな時間が流れる町で過ごす人々を見ながら「ちょうどいいのは午後5時。松陰神社前特集」というコンセプトを仮で立てました。

ただ、どこかピタリと来ない……。理由を考えると、足りない要素は地元の方の目線でした。

そこで、株式会社松陰会館の常務取締役である佐藤芳秋さんと広報担当の伊藤佐和子さんに、特集の初回となる取材にうかがって来ました。

地域で暮らすお二人に、この町はどんな風に見えているのでしょうか。

陸の孤島に集まるひとの共通点

松陰会館のお二人
伊藤佐和子さん(左)佐藤芳秋さん(右)

── 佐藤さんは世田谷区ご出身で、この辺りで育ったのですよね。

佐藤芳秋(以下、佐藤) そうですね。

── 松陰神社前の町やひとの雰囲気の変化など、感じるところはありますか?

佐藤 新しいお店が増えたりとか、表面的な変化はありますが根本的なところは、じつはあんまり変わっていないと思います。この町で暮らしていたりお店をやったりしているひとに共通しているのは、自分たちのところだけがよければいいって思っていないところです。「自分だけ儲かればいい」じゃなくて。

変化ということでいうと、暮らしているひとたちの意識が変わったような気がしますね。少なくとも、僕はそうです。

── どんなふうに変化しましたか?

佐藤 10代から20代半ばくらいまでは、松陰神社前ってほんと何もねぇなって思っていたんですよ(笑)。飲みたくても入りづらい店ばっかりだし、チェーン店もないし……。でも今は、そういうところが逆にいいなって感じます。

店主のキャラクターが立っている店が多いんですよね。個性的というか。

佐藤芳秋さん

── どうしてそういった個性的なお店が集まってくるのだと思いますか?

佐藤 僕はよく陸の孤島って表現しているんですけど、松陰神社前って電車は世田谷線しか走っていないから、都内にずっと住んでいるひとでも来たことがないって方も多いんです。地図上では三軒茶屋や渋谷、下北沢なんかも近いんだけど、あまり知られていない。ひとが絶えず出入りしているような地域ではなくてアクセスしにくい場所だからこそ、自立したひとたちしか商売ができないという部分はあるかもしれません。だから自然と、個性的なお店が集まるのかなと。

── 伊藤さんは最近こちらの方に引っ越して来られたと伺いました。

伊藤佐和子(以下、伊藤) はい、松陰会館に入社したのが2015年の11月で、こっちに引っ越して来たのは2016年の1月。在住歴でいうとちょうど一年経ったくらいです。

── 実際に住み始めて、松陰神社前はどんな町だと感じられますか?

伊藤 そうですねぇ……私、この町に住み始めてから滅多に地域の外に出なくなっちゃって(笑)。

── へぇ!

伊藤佐和子さん

伊藤 前は実家の神奈川の方に住んでいたんですけど、通勤のために渋谷とか三茶(三軒茶屋)とか電車で移動することが普通だったんですけど、会社が住んでいるところから徒歩2分くらいの距離なので、移動する必要がないんですよね。

── 会社から徒歩2分ってすごい近いですね……。

伊藤 朝の通勤ラッシュがなくなったのは、本当に楽です。毎日、心のスイッチを全て切って電車に乗っていたので。今は、その真逆の世界です。

── でも会社から徒歩2分のところに住んでいたら、迂闊にスウェットとかで外出できないですね(笑)。

伊藤 そうですね、会社と、自分の暮らす生活圏がまったく一緒なので。ひとによるとは思いますが、仕事場と住まいはせめて2駅ぐらい離れた、歩いて10〜15分ぐらいの距離がちょうどいいのかもしれません。自分のペースをつくるためにも、一人の時間が必要な時もありますからね。私も、考え事をしたい時は、わざと大回りして帰宅することもあります。

佐藤 この辺りに住んでいる方で、相手の生活のペースに土足で踏み込んでくるひとはいないと思います。いい意味で放っておいてくれるというか。そこは住みやすいポイントの一つかもしれません。

「この町は、うちの地元に似てるね」

松陰神社前

── 以前、都内の西荻窪を特集したのですが、開店が朝ゆっくりだったり個性豊かなお店が多かったりして、町の雰囲気が少し似ているのかなという印象を持ちました。

佐藤 近い雰囲気はあると思います。でも松陰神社前って西荻ほどの知名度はないというか……不動産屋さんとか「三軒茶屋エリアです」って言ってこの辺りまでお客さんを連れて来ますからね。実際は三茶の駅まで徒歩20分以上かかるのに(笑)。

伊藤 あと、町の特徴としては夜がすごく静かということも挙げられますね。遅くまで飲めるお店もあるけど、そんなに賑やかしい感じじゃない。

佐藤 21時くらいになると、もう人通り少なくなるよね。

── 夜に遊びたいひとは三茶とか渋谷まで行っちゃうんですね。

佐藤 そうそう。渋谷からはバス1本で帰って来られるから、実は交通の便も整ってはいるんですよ。

── 佐藤さんのように昔からこの辺りに住んでいる方々は、新しいお店が出店したり、私たちみたいにメディアが注目することについてどう思っていらっしゃるんでしょうか。

佐藤 基本的には、嬉しいんじゃないかなって思います。

あとは、「ここでお店をやれば私たちもいけるかも」っていう雰囲気が起こりつつあって、カフェ「STUDY」さんや「MERCI BAKE」さんができたころから若いひとが集まり始めています。それを見て、地元のひとたちも「何もないと思っていたけど松陰神社前って実はイケている町なのかも」という気持ちが起きてきたんじゃないですかね。

そうすると、いい意味で欲が出るというか。「もっとこんなお店があったらいいのに」とか「もっとこうしたらいい」っていう思いがポツポツ出始める。町に対する愛着とかプライドが徐々に育ち始めているんじゃないかと感じます。

伊藤佐和子さん

伊藤 そういえば、町中での取材や松陰PLATの取り組みを知りたいと思って訪れてくださる方の中には、「うちの地元に似てる」っておっしゃる方も多いですね。そうおっしゃってくださるのは、ほとんど他の都道府県出身の方が多いです。

── なんとなくそう言いたくなる気持ちが分かります。

伊藤 地域から上京してきた方にとっては、お店の方や町の雰囲気が地元に帰ってきたようにホッとできるのかもしれませんね。

特集のコンセプト「ちょうどいいのは土曜日」が生まれた理由

── 取材中なのですが、少し相談事をしても良いでしょうか。

佐藤・伊藤 はい、どうぞ。

── もとくらの地域特集は、地域と編集部をつないでくださる方の視点だったり、その地域に愛着のあるメンバーの切り取り方でコンセプトを決めています。例えば都内の取材でいうと、西荻窪は実際に私(編集部・立花)が住んでいたこともあり、その実感を持って「帰りたくなる町で暮らそう」というコンセプトにしました。

松陰神社前は、編集部も何度か通っているのですが、お二人にもコンセプトを組む上でのヒントをいただけたらと思っているんです。懐かしさや異国感を醸し出す意味で、黄昏時の時間が松陰神社前っぽいかなと思い、仮で「ちょうどいいのは午後5時。松陰神社前特集」というキャッチコピーを設定したのですが、お二人のお話を伺っているともう少し違う言葉がある気がして……。

佐藤 午後5時、おもしろいなと思いました。暮らしている側は、午後5時という時間を特に意識して町を見ているわけではないので、改めて考えるきっかけになりますし、夕方の5時は駅前の商店街が盛況な時間でもありますしね。

── 実際、お二人は午後5時と言われるとどんなシーンを思い浮かべますか?

伊藤 5時は、あとちょっとで仕事が終わるぞー!っていう時間ですね(笑)。

佐藤 うち、5時半が終業時間なので(笑)。

── 多くの方にとっては、まだ仕事中の時間ですよね……。

佐藤 もしかしたら、時間というよりは、曜日かも。

── 曜日。

佐藤 たとえば土曜日は休みだから、松陰神社前で過ごしているイメージがわくんです。朝、ゆっくり起きて息子と一緒に町へ出かけて、STUDYさんでランチをする、とか。

── ふむふむ。

伊藤 私も、5時に何をしているかなって考えたんですが仕事しているなぁって。土曜日の方が町中にいることが多いですね。週末に、ちょっとたっぷりした洗濯をしたい時は近所のコインランドリーに行って、帰りにせたがや縁側カフェさんの甘酒を買って帰る、とか。

── 土曜日だと、外から遊びに来た方も地元に暮らしている方も、一緒に町で時間を過ごしているのかもしれませんね。土曜日、良さそうです!

伊藤 ここに住んでいると、友達が「遊びに来たい」ってよく言ってくれるんですよね。都内に住んでいてずっと気になっていたけど行ったことがない、という子とか。

── よそから来ると、「松陰神社前へ行く」って、ちょっと冒険感がありますもんね。世田谷線は運賃が前払いで他の都内の電車と違うし、2両のカラフルな車両だし駅もどこもこじんまりとしてかわいいですし。

伊藤 そうですね。冒険感もあるけれど、ここに住んでいると気張らなくても本当にふらーっと立ち寄って1杯だけ飲んで、帰りに知り合いの店長さんと少し立ち話して帰る、みたいなゆるい時間を過ごせる気がします。平日より少し時間に余裕がある土曜日とかの方が、そういうイメージがわきますね。

── ありがとうございます! 地元の方も遊びに来た方も、町の魅力を満喫できる「ちょうどいいのは土曜日」。地域の良さが伝わるように、取材を進めたいと思います!

佐藤 よろしくお願いします。何か困ったことがあったら、言ってくださいね。

お話をうかがったひと

松陰会館のお二人

佐藤 芳秋(さとう よしあき)
東京都世田谷区出身。世田谷エリアを中心に、プロパンガス事業、賃貸物件リノベーションや不動産管理、コミュニティ事業などを展開する松陰会舘の三代目。座右の銘は「吾唯足知(われただたるをしる)」。

伊藤 佐和子(いとう さわこ)
神奈川県川崎市出身。松陰会舘の広報担当として2015年に入社。現在は主に松陰PLATの運営やPR、Webマガジン『せたがやンソン』の編集などを担当している。趣味は日本全国のカバに会いに行くこと。