古くから日常的に使われている道具は、特別感はないけれど、シンプルで使いやすいと思います。なかでも民藝の理念に適う品は、使えば使うほど、その美しさを感じられます。
気軽に民藝の品を使ってもらいたい──そして、いい道具を見ることで眼を養い、物を選ぶ感覚を大事にしてほしい。それが心豊かな暮らしにつながるはずだから──そう提案しているのは、東京都世田谷区の尾山台にある、民藝のある暮し「手しごと」。
店内には、スタッフによる選りすぐりの手仕事の品が、所狭しと展示されています。湯のみやマグカップ、茶碗や小皿と大皿、はたまた大壷に花瓶といった様々な陶磁器のほかに、ガラスやかござるなどが目に飛び込んできます。
「手しごと」では民藝の品の販売だけではなく、「手しごと」をオープンさせた故・久野恵一氏が監修する「民藝の教科書」シリーズにちなんだ展示会、さらに民藝を学ぶための学習会(現状は手仕事フォーラムの会員限定)を開催しており、日本の手仕事文化を広める活動も行っています。
柳宗悦が「用の美」を提唱
そもそも、これまで民藝に「触れたことがない」「知らない」という人も多いのではないでしょうか? 民藝とは、「民衆的工藝」の略語です。民藝運動の父、思想家の柳宗悦(やなぎ むねよし)が、庶民がつくり使う日用雑器に美を見い出し、暮らしの中に宿る「用の美」を提唱したそう。
「柳が民藝という新しい美の基準を発見するまでは、高価な美術品が美しいと言われていました。日常的に使う道具を『美しい』と言う人なんて誰もいなかった時代に、例えば、わらじを編むような人たちに、はじめてスポットを当てたのが柳宗悦なんです。
それが民藝の原点ですから、暮らしとは切り離せませんよね。民藝の品を買って飾るだけという方もいらっしゃいますし、それも楽しみのひとつです。けれど、基本的には『用の美』ですから、日々の生活で使っていただくのがいいと思います。」と、スタッフの堀田純子さんはいいます。
「民藝の品は、それぞれの地域の文化的背景や理由があって生み出されます。例えば沿岸部と山間部では、環境が違いますから人々の暮らしも違います。すると必要な道具の用途や材料も変わってくるはずです。その地域で自然に生まれ、長く使われ続けることで洗練されて現在の形になっています。」
先日亡くなられたばかりの久野恵一氏は、柳宗悦の教えを受けた鈴木繁男から直接指導を受けており、現代の日本の民藝運動を牽引する人物でした。「手しごと」の他にも、日本の手仕事文化を広める活動団体「手仕事フォーラム」や鎌倉にある工藝店「もやい工藝」を創設しています。
「眼が養われる」お店であるために
民藝の視点で選ぶ、優れた手仕事を紹介する「手しごと」のこだわりは、仕入れです。手仕事の品のなかでも、毎日使える健やかな美しさが宿っている「民藝の理念に適うもの」だけをスタッフが目利きして選んでいます。
「ある窯元に仕入れに行って、このお皿を仕入れよう!と決めたら、数枚あるそのお皿のなかで、どれがより『いい』ものか、必ず天秤にかけます。他の人が仕入れた品々が店舗に届いて、ダンボールから開く時もそうですね。『どれが一番いい品だと思う?』と聞かれた時に、必ず答えられるようにすることを意識しています。優れた職人が同じ品をつくったとしても、必ず差異が表れるからです。亡くなった久野にもよく『どれが一番いいか言え!』と試されました。」
審美眼に磨きをかけて、「選ぶ」ということに情熱を注ぐ。1920年代当時、世間の視点を覆した柳宗悦の視点は、現在にも脈々と受け継がれていることを感じます。これに反して、現代は「選ぶ」という意識の希薄になっているような気もします。人が選んだ「いい」は、自分にとっての「いい」かというと、決してそうではありません。
民藝運動が築いてきた、常に自分で「選ぶ」という意識が必要かもしれません。
そして、その選ぶ眼を養う方法は「いいものをたくさん見ることに尽きる」と故・久野恵一氏がよく話していたそうです。ゆえに「手しごと」では、スタッフが選び抜いた品を展示し、そこでスタッフもお客様も「眼が養われていくお店でありたい」と考えています。
さて、「手しごと」にはもうひとつこだわりがあります。ものの見せ方に「流れ」を持たせ、「おさまり」よく展示するということです。
「その品の成り立ちや背景の文化を理解した上で、商品を配置していきます。例えば九州でつくられたものは九州の文化があるので、大分と熊本の品の近くに並べれば自然の『流れ』がある。『流れ』があれば、その展示に意味を持たせることもできます。そこに東北の商品を配置すると、『流れ』を分断するような唐突さが生まれることもありますね。ただ、離れた地域のものを並べても『おさまる』時もあります。展示は奥が深いので、久野の展示を思い出しながら試行錯誤の日々です。」
「手しごと」では「流れ」「おさまり」を意識しながら、いわゆるディスプレイではない展示を心掛けています。
例えば立ち上がりのあるポットやマグカップなどは、なるべく目線の高さから外れないところに、大皿は立って陳列棚を見ている時にうつわの中の柄が見えるように、比較的下の位置に置きます。自分の身長の目線だけで配置しないことも大切です。背の高い男性スタッフの目線で棚に配置してしまうと、女性のお客様が見づらくなってしまいますからね。久野も目線の高さは常に意識して展示していたように思います。
「手しごと」文化を絶やしてはならない
民藝の良品を目利きし、美しく配置するというこだわりが示すのは、民藝の文化を多くの人に知ってもらいたい、とする「手しごと」の願いです。なかには値が張る商品もありますが、基本的には日用品。1,000円前後で気軽に買えるお値段のものも多数あります。「手仕事のうつわと聞くと、作家がつくる高級品と勘違いしてしまう人も多いようです。更に知識もないとダメだろうと気負って来店を躊躇するお客様も多いんです。」と堀田さん。
「民藝が本当に好きな人たちだけではなく、この文化を少しでも多くの人に知ってもらって、その価値を知ってもらいたい。民藝の裾野を広げていかないと、この文化が消えてしまうかもしれません。連綿と続いてきた日本の『手しごと』文化を、つまりは日本の文化そのものを絶やしてはならないと思っています。そういう意味で、これからも肩肘を貼らない、気軽に入れるお店でありたいです。」
もし少しでも民藝が気になるなら、お店にふらりと立ち寄ってみては。毎日の暮らしで使いやすく、使い込むほどに美しさを増す、その「用の美」を感じられるものが民藝です。
お話をうかがった人
堀田 純子(ほった じゅんこ)
「民藝のある暮し 手しごと」スタッフ。休暇を使って訪ねた沖縄や山陰など、旅先でその土地その土地の手仕事に心惹かれ、当時雑誌などに名前を出しはじめていた故・久野恵一氏の主宰する「手仕事フォーラム」に参加したのがきっかけでスタッフとなり今に至る。久野氏亡き後もその教えを胸に、日本の手仕事文化を守り伝える「担い手」となるべくスタッフ一同で奮闘中。
お店の情報
民藝のある暮し 手しごと
住所:東京都世田谷区等々力4-13-21 等々力市川ビル1F
TEL:03-6432-3867
営業時間:11:00〜19:30
定休日:火曜日(祝日を除く)
最寄り駅:東急大井町線尾山台駅から徒歩3分
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