取材の日は、朝から強い雨が降っていました。慣れない土地で車の運転をしながら、たどり着いたのは「JOKI COFFEE」(以下、ヨキコーヒー)。
傘を差しても身体が濡れてしまうほどの大雨の中、扉を開くとそこは、北欧家具で統一された穏やかな空気の流れるカフェ空間……に思えましたが、店主の大下健一さんは「僕がやっているのは、カフェではないんです」と言います。
その想いを「プライド」や「こだわり」と呼ぶこともできますが、何よりもそれは、一杯のコーヒーに対する「愛情」なのです。
バーテンダーやソムリエ、ドリンクの世界で長年働いてきた経験
── はじめに、本山町でお店を始めるまでの経緯を教えていただいてもよいでしょうか。
大下健一(以下、大下) ……じつは、インタビューを受けるのがふさわしいのかどうか、分かっていなくて。『灯台もと暮らし』をすべて読んだわけではないから何とも言えないのですが、僕は決して田舎暮らしに憧れを持って本山町にきたわけではないんです。
── これからの暮らしを考える、ということばは、必ずしも地域の暮らしだけを指していません。リアルな声をお聞かせいただき、暮らしを見つめ直すきっかけになれば、という気持ちです。
大下 わかりました。ではお話できることは、お伝えしたいと思います。高知に来たのは、結婚、出産を機に妻の故郷である高知への移住を考えていたときに、妻の親戚がいる本山町で地域おこし協力隊の募集情報を見つけたことがきっかけです。それまでは、この町のことを知りませんでした。
高知に来てからは本山町地域おこし協力隊になって、農業も林業もやってみました。いろいろなことを体験した結果、このお店にしっくり来たんです。もともと飲食に関する仕事を長くやっていたので、原点に戻ったことになりますね。
── 飲食業の時代は、具体的にはどういったお仕事をされていたのでしょうか。
大下 もともとはバーテンダーです。資格は持っていないんですけど、ソムリエの仕事もしていたことがあります。高知に来る前は、「D&DEPARTMENT DINING TOKYO」の店長をしていました。「D&DEPARTMENT」の飲食部門として店舗営業やイベント運営、新規出店などいろいろなことを行いました。
特に印象的だったのはD&DEPARTMENTの代表であるナガオカケンメイさんの実家で一緒に畑を開墾したりハウスを建てるお手伝いをしたりして、そこでつくられた無農薬野菜を実際にダイニングのメニューとして使ったり、ウェブで販売したり、ハーブティーを作ったりしたことです。それまでは、飲食業で働いてきたにも関わらず、食材が実際につくられる現場に触れる機会がなかったので、とても新鮮でした。
D&DEPARTMENTの意志を継ぐ
── 大下さんご自身の仕事観に、D&DEPARTMENTの想いが受け継がれているところはありますか?
大下 あります、その影響は大きいです。D&DEPARTMENTは、ロングライフデザインと呼ばれる「息の長い、その土地らしいデザイン」のものを紹介していますが、僕も、長く続くいいものをつくりたいと思っていて。その考えのもと、飲食では正しくつくられているものを提供したいんです。
僕は農業にも興味があるんですが、コーヒーの世界もスペシャリティコーヒー、つまりサードウェーブが流行していますよね。彼らがやろうとしているのは、産地にきちんとスポットを当てることです。適正な価格で販売し、産地のひとたちもお金が稼げる仕組みをつくる。それが正しくて良いものであると僕は思っています。
それをやるのがたまたま本山町なだけであって、場所は田舎でも都会でもどこでもいいんです。本当にいいものって、どこにあってもいいものですから。
── 「長く続くいいもの」に場所は関係ないんですね。
大下 そうです。僕は高知の生まれじゃないし、高知の人間になろうと思っても本質的にはなれません。僕はもう6年本山町に住んでいて、東京で暮らしていた期間よりも長い。でも、いまだに「東京から来たんでしょ」って言われるんです。
だったら、“東京から来た自分”で、いけるところまでいってやろうと思っていて。最初にお話した「田舎暮らしをしているひとのイメージにそぐわないのでは?」というのは、そういう意味です。
「カフェオーナー」ではなく「珈琲屋」と名乗るわけ
── (いただいた名刺を見て)肩書きが、カフェや喫茶店という言い方ではなくて、「珈琲屋」と名乗るのは何か意味があるのでしょうか。
大下 昔はカフェという言葉が嫌いだったんです。僕もカフェで働いていましたし、プロ意識のあるカフェももちろんあるんですけどね。「ちょっと料理好きだからカフェやりたいんです」とか「おしゃれでしょ」みたいな雰囲気が、すごく嫌だったんですね。
D&DEPARTMENT DINING TOKYOのときも、カフェとは言わずにダイニングと呼んでいました。カフェとは違うんだという意識を共有するために、常に言い続けていました。
カフェって、なんでもあるじゃないですか。コーヒーもケーキもあるし、ランチもあって晩ご飯も食べられる。でも、うどんはうどん屋が一番美味しい。コーヒーは珈琲屋が一番美味しくて、パンはパン屋さんのほうが美味しい。
そうやって考えたときに、ケーキもつくるしパンも焼くんですけど、自分はあくまで珈琲屋なんです。コーヒーがどこよりも一番美味しくなければ意味がない。だから、肩書きは自分への戒めですね。いろいろなことに手を出したくなるんだけど、自分はあくまで珈琲屋です。
── 飲食の仕事を続けてきて、最終的に「自分はコーヒーだ」と決めたのはなぜでしょうか?
大下 ワインなら、世界地図を広げたときに、ある国でつくられたワインが日本に入って来て、目の前のグラスに注がれているというストーリーがあります。ソムリエはそれを伝えて、お客様に飲んでもらう。
コーヒーにも、同じことが言えます。ただ、今はワインほど語られていないだけなんです。本山町で、ここでしか飲めない本当に美味しいコーヒーを出せば、お客様は来てくれると考えていました。
── 先日のイベントでも、嶺北の本山町でお店をやるにあたって「人口が少ない場所でお店をやるのは不安ではないか」という質問に対して「嶺北地域だけに対してお店をやっているつもりはない」とおっしゃっていましたよね。
大下 あるとき東京を改めて見てみたら、似たテナントが入っているコピペみたいな商業施設ばかりだと気づいたんですよ。これは全然おもしろくないなって思っていたときに、栃木の益子の「starnet」とか、那須塩原の黒磯にある「NASU SHOZO CAFE」とか、D&DEPARTMENTのメンバーが好きでよく行っていたんです。東京に憧れていた僕からしたら、「なぜ栃木なの?」って衝撃を受けました。
本当にいいものを出していれば、どんなに遠くてもお客様は来てくれるんです。山の頂上で、究極に美味い一杯を出しているうどん屋があったら、遠くても足を運びたくなるじゃないですか。同じように、ヨキコーヒーに来るためだけに、東京から飛行機に乗って来てくれるお客様が増えたら最高ですよね。
好きな音楽を友人に勧めるように、コーヒー豆の産地のことを伝えたい
── 「長く続く本当にいいもの」をつくるために、これからしていきたいことはありますか?
大下 当たり前のことを毎日やることです。忙しくなって、床に落ちているものを拾えなくて「あとでいいや」とか、臭い物に蓋をしていればいいやということではなく、その時その時にきちんと拾う。日々、当たり前に美味しいコーヒーを出す。
コーヒーは、ワインのように産地によって味が違うんですよ。コーヒーは、ワインに負けないくらい如実に違いがあるんですけど、世の中にまだそんなに分かってもらえていないんです。
大下 今日のコーヒーは、エチオピアのイルガチェフェという産地の豆を使っていて、「ナチュラル」という製法で作られたものです。コーヒーチェリーっていうさくらんぼみたいなやつを、天日干ししてから種を取り出して、焙煎したものです。
「ナチュラル」の他に「ウォッシュド」という製法もあります。干す前に果肉を取り除くんです。果肉を取って、水洗いして、その種を干す。すると、味がまったく変わる。同じエリアでつくっても「天日で干すか、水洗いして干すか」だけでも違うんです。
言われないとわからないようなことだけど、おもしろいですよね。そういったことを知っていると、少し暮らしが楽しくなるじゃないですか。「エチオピアのコーヒーだ」と産地を意識して飲むと、味わいが違いますよね。たとえばトマトも、スーパーでただ買うよりは、顔の見える農家さんから買ったとか、友人や知人からもらったほうが、食べていて美味しいし、楽しいと思うんです。
── ヨキコーヒーだからこの豆を使ったこのコーヒーをおすすめするということではないわけですね。
大下 僕はヨキコーヒーとしてではなくて、コーヒーや産地のことを単純にもっといろんなひとに知って欲しい。たとえば好きな音楽があって「これいいよ、聞いてよ」とか「この前観た映画がよくてさ」ということと同じです。自分の知っていること、自分がいいと思っていることを共有したいと思って、毎日コーヒーを淹れています。
お話をうかがったひと
大下 健一(おおした けんいち)
1977年生まれ。大阪のカフェやレストランで勤務を経て上京。東京ではD&DEPARTMENTのダイニング事業部に勤務。結婚、出産を機に2010年高知県本山町に移住。本山町地域おこし協力隊として3年間の任期を終え、2013年12月に自家焙煎珈琲店「JOKI COFFEE(ヨキコーヒー)」を立ち上げる。
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