横浜を走るJR根岸線の根岸駅から歩いて約16分。大きなバス通りの脇の小路を入って、数歩進んだ先に、「おや?」と思わず目を留める、立派な築80年の日本家屋が佇んでいます。ここ「豆松カフェ」は、料理家の渡辺妙子さんが運営している人気店。
このお店のキーワードは「食と環境」です。「自然環境について考えるきっかけを生み、身近な自然との関わりを増やしていきたい」と語る店主の渡辺妙子さんに、食を通じた活動と今後の展望についてお聞きしました。
豆松カフェは旬の食材でおもてなし
── 豆松カフェという名前の由来を教えていただけますか?
渡辺妙子(以下、渡辺) 豆松カフェは、私と盆栽師の山崎智恵(以下、智恵)さんと2人で、2015年の4月にお店を開きました。豆松カフェという名前の由来は、智恵さんが「豆松屋」という屋号で独立する予定だったので、そのまま「豆松カフェ」と名付けました。
── 渡辺さんがつくる和食に使用している食材が、おもしろいなと思いました。
渡辺 こだわりは、お米は「湘南タゲリ米」を使っていること。これは私もお米づくりに参加していることから、その普及の意味もあって使っています。それ以外は「旬の食材」を手をかけて調理することを大切にしています。
ただし、特別なイベントの際は神奈川県産の食材を仕入れるように心がけています。例えば毎月開催される「日本酒の会」や、「アロマ石鹸作り」など自然派のワークショップが開催されるときは、直接交流のある横浜市内の農家さんから野菜を購入しています。
「盆栽園で修行している20代の女の子に興味が湧いて、声をかけたんです」
── 豆松カフェを始めるきっかけを教えていただけますか?
渡辺 豆松カフェを始めるきっかけは智恵さんと私が、盆栽園で知り合ったことが始まりです。私も趣味が盆栽なのですが、通っていた盆栽園で修行している20代の女の子がいるって聞いてびっくりしました。とても珍しいなあと思って彼女に興味が湧いて、声をかけたんです。
智恵さんと話しているうちに、「盆栽を見ながらおいしい料理とお酒を楽しみたいね」という話題で盛り上がって。
── 智恵さんと出会って、盆栽カフェをやることになったんですね。
渡辺 そうです。まずは大倉山のレンタルカフェ「ギャラリーカフェ夢うさぎ」を借りて、彼女が土間で盆栽教室をやり、私がランチを提供するカフェを始めました。
── ぼくらも「灯台もと倶楽部」というイベントを開催しています。今はスペースを借りているのですが、「いつかは自分たちの拠点を持ちたい」と思っています。この古民家で渡辺さんがカフェを始めるまでの道のりと、似ているなと感じました。レンタルカフェからどのような経緯で、この場所と出会うのですか?
渡辺 スペースを借りて2年間カフェをやった後、自分たちの拠点が欲しいと思うようになりまして。私たちのお店が欲しい、ということもありますが、レンタルカフェに訪れるお客さまのなかに、ものづくりをしているひとたちが多かったことも拠点が欲しいと思った理由のひとつです。
── 渡辺さんがお店を持つことと、クリエイターのお客さまが多かったことは、どうつながっていくのでしょうか。
渡辺 来ていた方々は、ECサイトで自分の商品を販売するわけでもなく、ひとりで作品をつくってカフェで販売していました。すごく才能があって、いい作品をつくっているのに、売る場所や機会がなかなかなかったようです。ならば、私が豆松カフェで作品を販売できるようにしたいと思いました。
そんな思いをいただいて物件を探している時、この建物を管理していた認定NPO法人の「日本民家再生協会」の方に声をかけていただいて、この古民家と出会ったんですよ。
キーワードの「食と環境」に込められた想い
── 料理や盆栽などに加えて、豆松カフェさんは「環境」がキーワードの場だと伺いました。
渡辺 私は生物が好きで、自然環境保護の勉強や活動に参加していたこともあります。じつは大学生の頃から部活は生物部で、沖縄や小笠原諸島に行って調査したり、海で泳いだりしていました(笑)。
最近は「神奈川県野生動物リハビリテーター」という資格を取りました。この資格は、傷ついた野生動物を野生復帰させる活動を通して、人と自然の関わり方を見つめなおすきっかけをつくる役割を担っています。
── どういう資格なのですか?
渡辺 野生動物を捕まえるには許可がいるんです。この資格でまずその許可を与えられています。
例えば交通事故にあったタヌキを捕獲し、指定された動物病院、または動物園へ搬送する。治療を受けて回復したタヌキを野生に戻すためのリハビリをおこなう。そういうことができる資格です。
中でも、野鳥のリハビリ方法については集中的に勉強しましたね。
── なぜ野鳥なのですか?
渡辺 父が、野鳥が好きだったんです。私は幼い頃から山に入って、野鳥の鳴き声を録音したり、観察したりしていました。
── 食材に「湘南タゲリ米」を使うようになったのも、自然環境保護の活動を通じてでしょうか?
渡辺 そうです。自然保護の啓蒙をするイベントで「三翠会」と出会ったことがきっかけですね。「湘南タゲリ米プロジェクト」と掲げて、タゲリという野鳥のためにお米をつくっていることを聞いたときにはびっくりしましたよ。
── ぼくも野鳥が好きです。タゲリは、美しい鳥ですよね。
渡辺 うん、ほんとにそう思います。飛んでいる姿がすごくきれい。田んぼの土の中の虫を食べて暮らしている渡り鳥で、「田んぼの貴婦人」って呼ばれているんですよ。……しかし年々その数は減っています。原因の一つとして、田んぼの減少も考えられているんです。
「湘南タゲリ米プロジェクト」は、タゲリが来られる水田を守るためのプロジェクトなんですね。
── へえ。意外と、身近な自然環境の現状について、無知なんだなあ。
渡辺 神奈川県内でも害獣問題が深刻化しています。猟師さんが鹿を撃って頭数の調整するんですけど、駆除した鹿は食べずに処分してしまいます。食べるわけではないけれど、命を頂いているという事実は変わりません。こうした鹿や猪がいることや、野鳥を守るためにつくっているお米があることは、忘れたくないですね。
── 渡辺さんの興味関心や、問題意識がつまった場所が豆松カフェなんですね。
渡辺 野鳥だけでなく、学生時代の経験も、今とても役立っているという実感があります。大学では文化史を専攻していて、西アジアの美術を勉強していたのですが、美術の講義で見て学んだ広い知識も料理の盛り付けに生かされているような気がします。
盆栽と野鳥、海や山、そして学生時代に学んでいた美術史と、これまでバラバラに自分がやってきたことが集約した場所が豆松カフェなんだと感じています。
歴史ある建物の存在をみんなの記憶に残したい
── じつは、豆松カフェは2016年の10月に閉店予定なのですよね。
渡辺 うん、とてもさみしいんですけれどね。この古民家は、80年前からある立派な建物なのですが、そのことを知らない近所の方もいらっしゃるので、まずはこういう場所の存在を知ってもらいたいですね。
この家は、私よりもずっと長くここで生きている、歴史そのもの。さまざまな制度の問題で、建物を維持管理できなくなってしまうのですが、なくなってしまう前にこの古民家があったことを、地域の方々やお客様の記憶に残したいと思っています。
── この古民家で、豆松カフェとしてしたいことはありますか?
渡辺 つながりのある写真家さんや、プロではなくても写真を撮ることが趣味だという方に、この建物の四季折々の写真を撮っていただいて、展示会をやってみたいです。もしその写真を活用していいのなら、冊子にして家主さんにプレゼントしたいですね。
── それは建物も、家主の方も、豆松カフェに親しんできたお客様も喜ぶと思います。10月以降、お店はどうなるのでしょうか?
渡辺 豆松カフェを好きになってくれたお客様がいらっしゃいますから、今後はまた別の場所を見つけて、お店を続けていきたいと思っています。
── 場所が変わっても、継ぎたいものはありますか?
渡辺 東京オリンピックの開催が近づいてきて、和食が再注目されていますね。洋食文化の輸入によって日常的に触れる機会が少なくなった和食を、身近に感じられる機会を増やしていきたいです。
── 逆に、今の豆松カフェよりもより良くしていきたいところはあれば教えてほしいです。
渡辺 より、「自然と私たちを結び付けるお店にしていきたい」と思っています。今日は「佐護ツシマヤマネコ米」を使った料理をお出ししていますが、「佐護ツシマヤマネコ米」、明日は「朱鷺と暮らす郷」など全国に広がる環境保護米を紹介して、自然環境について考えるきっかけをもっと生んでいきたいですね。
お客様とバードウォッチングに行く機会も増やしたい。身近な自然との関わりを増やしていきながら、情報発信もできるようになるのが理想です。
── この古民家がなくなってしまうのはやっぱりちょっとだけさみしいですが、豆松カフェのこれからを楽しみにしています。
このお店のこと
豆松カフェ
住所:神奈川県横浜市中区本牧間門48-11
営業時間:11:00~16:00(カフェ営業)
予約制食事会:4名様以上 12:00~21:00 2,000~5,000円
金曜ランチ:1,000円(20食限定・先着順)
レンタルスペース:1時間1,500円
盆栽教室:第3金曜日開催 3.000円~
電話:080-3241-3471
定休日:日曜日、月曜日
※2016年10月末で閉店。