日本は島国です。それは誰が見ても自明の事実。でも、日本にいくつ島があるのかご存知ですか? そしてそこにどのくらいの方々が暮らし、どういった文化を育み、暮らしをしているのか、同じ日本ですが知らないことがいっぱい詰まっている、離島。
2010年にオープンしたウェブサイト「離島経済新聞」(以下、リトケイ)は、そういった離島に暮らす人が伝えたい情報と、島へ伝えたい情報を集め、発信しています。ウェブサイトはもちろん、年4回発行のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』は島ファンなら一度はチェックしておきたいメディアです。
情報発信のプロとして、そして島を愛する一人として、どういった思いでメディアを運営しているのか。現在沖縄で暮らす、リトケイ編集長の鯨本あつこさん、東京編集部の大久保昌宏さん、宮本なみこさんにお話をうかがいました。
リトケイ編集部が考える島の魅力
── 最初に、日本の島に特化したメディアを作ろうと思った経緯を教えていただけますか。
鯨本あつこ(以下、鯨本) 離島へ移住する友人を訪ねたとき、島の情報が見つけづらいことに気がつきました。媒体のスタイルはテレビや新聞、そしてネットといろいろありますが、流れが速いので小さな情報はすぐに埋もれてしまいます。だから、無料で誰でも見られるネット上で島の情報をまとめて伝えていきたいと感じ、リトケイを立ち上げました。
── 島の魅力ってどういうところにあるんでしょうか。
鯨本 日本には人が住む、いわゆる有人離島が約420島あるんですが、ひとつとして同じような場所がありません。今まで80島くらい行きましたが、どんなに島同士の距離が近いところでも様々な文化があって、同じ島のなかにある集落ごとに違う言葉遣いをする島もあり、その多様性を見つけるのはとてもおもしろいです。
大久保昌宏(以下、大久保) ぼくはリトケイを始めてから初めて島へ行ったんですが、人同士のコミュニケーションがとてもあたたかいなと感じました。東京出身ですが、都内の生活では感じられない人との距離感がありますね。
宮本なみこ(以下、宮本) 島は海に囲まれていますから、島のあちこちで釣りをしている人を見かけます。私、下手なんですが釣りが好きで、島へ行くと桟橋に行って、最初は隅のほうでこっそり釣りをしています(笑)。でも、そういう日が何日か続くと突然、離れて座っていたおじさんが独自の技を教えてくれたり、餌を分けてくれることがあるんです。
そうやって距離感を考えながら、相手のところに少しずつお邪魔させてもらうと、あるとき突然スッと受け入れてくれるタイミングがあって、懐の深さを感じますね。
鯨本 それから、島特有の文化が、地図上では離れていてもなんとなく地続きになっているというか、少しずつ重なり合っているのを見るのがとても楽しいんです。人柄の、島バージョンを「島柄」って呼んでいるのですが、どこの海に位置する島か、なぜこの植物はこの島にあってあの島にはないのかなど、地理的条件によって島の暮らしが形作られて「島柄」がつくられていくような感覚がします。
宮本 どこかひとつの島を特別視するというよりは、いろんな島のことを幅広く伝えていきたいと、私たちは思っています。
島で暮らす人々の営みがつづくように
── 個性が生まれやすい環境が、島の課題を生んでいるということもあるかと思います。
鯨本 島が抱える問題は、未来の日本が抱える問題だという話をよく聞きます。少子高齢化や人口減少などは現在の日本の課題そのものですが、そういった話は実は30年以上前から島々で語られてきた話題でもあるんです。
島の課題も価値も、離れているからこその産物です。島は往来は大変ですが、その分独自のものが壊されにくい。課題がある一方で、そうした魅力もなくなってほしくないから、守っていきたいなと思います。
■参考:この島は未来の縮図たり得るか【島根県海士町】特集、始めます。
鯨本 基本的にリトケイは、島のことを肯定しているメディアです。島の価値は日本の原点的な魅力でもあると思います。それを押し付けるつもりはないけど、きちんと抽出して見せていきたいんですね。
というのも、震災以降が特に顕著ですが、島の価値をもう一度見直すべき状況だということが理由としてあります。
宮本 全体的な雰囲気としてはお祭りなどのイベント的なものではなくて、日常とか何気ないものに注目が集まっているように感じますね。
鯨本 イベントって非日常的だけど、住んでいる人たちにとっては日常のほうが大事です。だからこそ、メディアという手段を使って、島で暮らしている人たちの日常が守れるような記事を作りたいと思っています。
ウェブメディア「離島経済新聞」、タブロイド紙『季刊誌ritokei』それぞれの編集部として
── 『季刊誌riokei』は毎号特集がありますが、こうした企画は「この島を取り上げたい!」という熱意から生まれるのか、それともある程度照準を定めてから作るのか、どちらでしょうか?
鯨本 季刊の場合は、特集を一年前ぐらいに決めていて、季節に合っているかどうかとか、島に詳しい方に話を聞いたりとか、読者の方々の興味のありそうなことをリサーチして、ピックアップしています。
宮本 特集を作るときは、最終的に「こうなったらいいな」っていうイメージはなるべく持たないようにしているんです。
── なぜですか?
宮本 取材を進める内に島の方の言葉に気付かされることも多く、先入観を持たないことで、最終的に島の希望や課題をが発見しやすいと感じるからです。次に何をしたらいいか見えてくるというか。
鯨本 リトケイっていうメディアがひとつの個性だから、個人の主観や好みが入りすぎると私たちが本来届けたい、島の人たちのことばではなくなってしまいます。
だから島を選んで企画を作るときも、この島の魅力はどんなところなのか、違う島の人たちが見て、参考にできるヒト・モノ・コトは何かなど、いかに適切にその島のことを伝えられるかをベースに考えています。
── そうした中立な立場だからこそ「メディア」として機能するんですね。それから、ウェブメディアの大先輩としてひとつお聞きしたいのですが、リトケイの目標というか指標になる数字や基準はどこに置いているのでしょうか?
鯨本 リトケイは読者層を「離島に想いがある人」と明確に設定しているから、コンテンツを作るときの優先順位をつけやすいんです。その人たちに喜んでもらえるかどうかが目標で、経済的な指標で言えば、やっぱりPV数とかが分かりやすいですよ。
鯨本 ……実際は、PV以外の指標で淡々と記事作りをするというのは、とても大変です。でも、自分たちが稼いで生きていくためのメディアだったら無くてもいいと思います。メディアとして何を伝えたいかが一番重要ですから。
ただ、数字と本質的な目的達成を両立するための葛藤は、メディアを運用している間、ずっと続くんじゃないでしょうか。
島から離れているからこそ分かることがある
── 今年、みなさんそれぞれのチャレンジしたいことがあったら教えてください。
鯨本 島の人たちの日常を大切にできるメディアになるには、まだまだ不十分ですから、そこを実現できるようになりたいですね。本当ならすべての島に足を運びたい。でも、実現するにはお金も時間も人数も足りない。それでも必要な情報を流していかないと、守りたい島の日常が、どんどん失われてしまうかもしれない。
5年に1度行われる国勢調査の数字を見ていくと、有人離島数は減る一方です。そんな中で私たちにできることは島がどういう場所なのかをきちんと伝えて、島に想いがつながる機能を果たすことだと思っています。
大久保 ぼくも、やっぱり現地へもっと足を運びたいですね。実際に島に暮らしている人と会うからこそ伝わるものがあったり、発見できるものがありますよね。
大久保 あとは、個人的に興味があるのが農業。島特有の食文化を、もっと深く理解するために、農業に関することを勉強したいなって思っています。
宮本 私は、『季刊誌ritokei』の設置ポイントを増やすことです。離島には無料で配布して、役場や観光協会など、人の集まる場所に置かせていただいているんですが、まだまだ届けられていない有人離島はたくさんあります。できるだけ多くの離島の方に「ritokei」を届けたいです。
あとは……私、とても方向音痴で、島に取材に行ったとき、迷子になることが多いので、今年こそは何らかの対策を立てたいと思います(笑)。
鯨本 あとはあれだね、口酸っぱくして言っている、健康第一。
大久保・宮本 そうですねえ。
鯨本 立ち上げた頃なんかは、これでもかってくらい飲んでいたけど(笑)、いい仕事は健康から生まれますからね。当たり前すぎるけど、健康第一!
── おもしろい企画は飲んでるときに出てきたりしますけどね。
宮本 実現するかしないかは別として、自由に言えるのは飲んでるときですね。
── 最後にお伺いしたいんですが、ずばりみなさんは島に住みたいと思いますか?
鯨本 もちろん島は大好きですけど、べつに私たち、島に住みたいからリトケイをやっているわけではないですよ(笑)。ただ、縁は大事にしたいと思っていて。今は沖縄の那覇にいますけど、ここも島だから移住したのではなくて、夫の実家があるから。島だから住みたいというより、この場所を大切にしたい、縁を大事にしたいと思える場所かどうかが大事だと思います。
大久保 ぼくも島に住むかどうかは、今は考えていないです。東京が地元ですから、ぼくのコミュニティはここにあります。そこから飛び出して新しいところに根を張るというのは、あまりイメージできないですね……。それよりも今は、いろいろなところに動けるスタンスでいたいなと思います。
鯨本 編集者って、どうしても客観的な視点をキープしなくちゃいけないから、島に住んでしまうと多角的な視点を持ちにくいかもしれません。この仕事がある以上、島にずっと暮らすというのは少し難しいんじゃないかな。
宮本 少なくとも私たち(鯨本さん、大久保さん、宮本さん)は、島を好きすぎても困るという意識があって。それくらいでないと、フラットな視点が保てないんですよね。
ある程度、距離感がある方が島の類似点や課題も見つけやすい。似ているのが規模なのか物理的な条件なのかによっては、あの島で成功している事例は、この島でも役に立つかもしれないという発想ができるようになってきたと思います。
鯨本 島に暮らすいろんな人たちと、心地よく付き合っていくためにもすべての島に対してニュートラルな姿勢で向き合っていきたいですね。
お話をうかがった人
鯨本 あつこ(いさもと あつこ)
1982年、大分県生まれ。『離島経済新聞』『季刊誌ritokei』編集長。地方紙編集者、イラストレーター、経済誌編集者などを経て、2010年、27歳で離島経済新聞社を設立。2012年、ロハスデザイン大賞ヒト部門を受賞。『離島経済新聞』『季刊誌ritokei』もグッドデザイン大賞を受賞した。
大久保 昌宏(おおくぼ まさひろ)
1979年、東京都生まれ。離島経済新聞社 事務局長。雑誌・広告のフォトグラファー、編集制作を経て、2010年に編集長・鯨本とともに離島経済新聞社設立。
宮本 なみこ(みやもと なみこ)
1979年、東京生まれ。離島経済新聞社 編集兼総務。編集プロダクションで働く傍ら、2011年から『季刊ritokei』の企画編集に携わり、2013年同社の常勤スタッフに。