モノを買う時の基準は何ですか? 見た目が好き、安かった、雑誌で見かけたから、人に勧められて……。そこには様々な理由があることでしょう。「ほしい」という気持ちだけがはやって購入することだって時にはあると思います。もちろん、それもまったく間違っていません。
けれど、自分の家に1つくらい「モノの背景を知っているから」、「作り手の想いに共感したから」という理由で選んだ、お気に入りの品があってもいいと私たちは思います。
東京都の御徒町駅の近くに本店を置く、「日本百貨店」という日本の手仕事とスグレモノを集めたお店で出会った井清織物の「OLN(おるん)」。群馬県桐生市で暮らす井上夫妻が作っているのだと聞いて、作り手の方と商品が生まれる現場に会いに、桐生市に出かけます。
桐生織の老舗「井清織物」
群馬県桐生市は、関東平野の北部、栃木県との県境に位置するモノ作りの町です。着物の町としても有名な桐生市は、その昔、和製シルクロードの起点として繁栄し、糸や布、縫製から刺繍そして加工に至るまで、すべての工程をこの町の中で行えるほどの技術を育て、守り、そしてそれを今も息づかせている町です。
井清織物も1,300年以上脈々と受け継がれてきた桐生織の伝統を受け継ぎ、今日も昔と変わらず着物の帯を作り続けている機屋。彼らが作り出す帯は、桐生織のベースを守りつつ新しいことに挑戦する気概を感じさせるものばかりです。
織物はもっと「暮らしの彩り」であってほしい
「ただ伝統にたずさわる仕事をするだけでは、何か心に引っかかるものがあってね。」と井清織物の後継者である井上 義浩(いのうえ よしひろ)さんは語り始めます。
「井清織物は、桐生の地で62年間帯を織り続けてきた機屋で、僕で4代目です。もちろん帯を織ることが生業ですし、誇りも愛情も、夢も持っています。でも、伝統産業にたずさわっているという事実だけに酔う人間にはなりたくなかったんです。
今は、昔ほど着物が売れない時代です。着物が売れなければ、帯も売れない。それって、ある意味日常だったものが非日常になってしまって、暮らしの延長線上になくなったということを指していたりしますよね。
伝統産業っていうのは、響きが美しいから『伝統産業の仕事をしています』と言うだけで『すごいですね』とか『えらいですね』と言われる。でも、僕はそれにどこか違和感を感じていて。着物は暮らしの中のものであって、崇高なだけのものではありません。僕たちの仕事も、単に伝統産業に関わる素晴らしいこととしてではなく、もっと身近な生業のひとつとして受け取ってもらいたいなと。僕らが今もこれからもずっと勉強し続けたいと思っている織物の技術を活かして、みんなの暮らしに役立ちたい、必要とされたい、という想いがあります。
『OLN』は、そうした僕らの織物が暮らしの彩りであってほしいという想いを反映させたもののひとつなんです。」
魅力的な職住一体の実践を目指す「OLN」
「OLN」は、「織るん?」という桐生市の方言の響きをそのまま活かした優しい音がなんとも印象的な、井上夫妻2014年に新しく始めた生活雑貨ブランドの名称です。この「OLN」には、井上さんたちが目指す魅力的な職住一体のマインドを反映させていると言います。
でも、魅力的な職住一体とは一体どんな状態を指しているのでしょうか? 再び井上さんに聞いてみます。
「職住一体っていうのは、職場と住居が一緒の状態のことを指していますが、僕ら作り手は、暮らしで感じたことを仕事に反映させられる立場にいますから、すべてが循環する仕組みとして機能する生活がベストだと思います。」
「例えば美しい絵画を見て、そこで感じたことを織物という舞台で存分に紡ぎだすことができます。そして、その刺激を受けて作り出したものが、自分たちはもちろん、手にとった方々の喜びやひらめきを育むきっかっけになる。それを見た作り手がまた感動を得て……と、こういったサイクルのことを意味したいなぁと思って言っているんですね。」
「つまり、作り手の喜びと暮らしの喜びとが互いに作用し合うのが理想なんです。『OLN』はこうした、相互に影響を与えることで生まれる暮らしの豊かさを表現したブランドにしたいと思っています。」
古いと新しいを織り交ぜた新しい道を歩き続けたい
伝統的な帯と、新しいスタイルを追究する「OLN」。古いものと新しいものを同じ織機で作ると聞いて、頭の切り替えはうまくいくのかと問いかけてみました。
すると、返ってきた答えは「両方あるからいい」。確かに頭の使い方は全然違うからこそ、どちらか一方だけでは偏りが出てきてしまうのです。
織機に関しても同じことが言えるのだそうで、同業者の方が驚くほどの古い型の織機でも、丁寧に手入れをして、試行錯誤しながら治して使えば、まだまだ現役で動いてくれる。むしろ、最新技術を導入した織機よりも便利な面さえあるのだそうです。その理由は、何かあった時に自分の手で直せるから。デジタル処理された柄を読み込ませて織ることができる最新織機も導入していますが、実は織物の技術は伝統のものがベースで、この数百年、飛躍的な進歩というものはないのだそう。
伝統の技術は忘れずに、地に足をつけて新しいものを探っていく。灯台もと暮らし編集部も非常に共感する井清織物の工場でした。
大切なモノを大切に使い続けていくということ
決して平坦ではない、織物を極める道ですから、夫婦で悔し涙を流したこともあったといいます。でも日常の中にある織物が、少しでも暮らしに彩りを添えてくれるよう、井上さん夫妻の挑戦は続きます。
私たち取材班は最後に、どんな人に「OLN」を手にしてほしいですか? とご夫妻に聞きました。すると、妻の忍さんは少し考えてから、「モノを大切にする人」と答えてくださいました。
モノ作りの背景や想いを知って、大切にしたいモノを大切に使い続ける。あなたはモノを買う時、どんな基準で買いますか?
トップ画像協力:井清織物公式Facebookページ
お話をうかがった人
井上 義浩(いのうえ よしひろ)
1975年生まれ。東京で音楽番組やグルメ番組の制作ディレクターを勤めた後、2005年に帰郷し家業の有限会社井清織物に入社。伝統産業であり家業でもある織物工場を存続させるために、周囲の反対を押し切り織物の世界へ。帯屋として胸を張れる作品を織ることができるようになった2014年、「織物で暮らしを彩る」をテーマにした生活雑貨のブランド「OLN」妻と共に立ち上げる。
お店の情報
有限会社 井清織物(いのきよおりもの)
住所:群馬県桐生市境野町6-344
最寄り駅:両毛線「小俣駅」
営業時間:8:00〜12:00、13:00〜17:00
電話番号:0277-44-3568
定休日:土日
公式HP:http://www.inokiyo.com/
公式Facebookページ:https://www.facebook.com/inokiyo.kiryu.japan/timeline
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取材協力
日本百貨店 公式HP:http://nippon-dept.jp