ファッションやビジネスの分野で起業を目指すデザイナーを支援する施設「台東デザイナーズビレッジ」(以下、デザビレ)は、2004年4月に設立してから約70組以上の優秀なクリエイターを育成しています。
同施設の拠点は「徒蔵」(*1)の愛称でモノづくりのエリアと言われていますが、なぜクリエイターたちは徒蔵に集まるのでしょうか。
そこで今回、台東デザイナーズビレッジの村長、鈴木淳さんに台東区およびクリエイター視点から見る、徒蔵の深みを紐解いていきます。
(*1)徒蔵:中小零細製造加工業・卸売業が集積する御徒町~蔵前~浅草橋にわたる2キロ四方の地域、通称「徒蔵(カチクラ)」エリア。
江戸時代から産業集積地だった台東区
── 台東デザイナーズビレッジがある地域は、近年「徒蔵」と呼ばれて注目が集まっていますが、ずっと昔から「モノづくり」のエリアとして栄えてきたと聞きました。
鈴木 台東区は江戸時代の頃から地区ごとに産業集積していた場所です。江戸時代から小売が盛んだった日本橋の商店街などに卸す商品を、台東区で生産していたというような話があります。
── 台東区の中でも地域ごとに、つくる製品カテゴリなどが分かれているのでしょうか。
鈴木 台東区を北部と南部に分けると、北の方は靴メーカーや革問屋が集積、南側の蔵前あたりはおもちゃと人形問屋と、バッグ。鳥越あたりは帽子の問屋やメーカー・職人さんが多かった地域。浅草橋はアクセサリー。御徒町はジュエリーですね。
── 「モノづくり」をする人たちが狭いエリアに集まっているんですね。
鈴木 昔から、上野や浅草に全国から観光に訪れるお客さんのためのモノをつくっていたとか、上野寛永寺に全国から大名が参勤交代で来たときのお土産をつくっていたと聞いたことがあります。また江戸時代から第二次世界大戦前までは、浅草が東京最大の繁華街だったそうですよ。さらに隣にある隅田川の水運が材料や商品の輸送にとても便利で、問屋さんがたくさんあったとかね。諸説ありますけどね。
「徒蔵」にクリエイターが集まる理由
── 現代までの「モノづくり」をする人たちの増減はどうなのでしょうか。
鈴木 戦前に45万人で23区最大の人口でしたが、戦争で半分以下に減り、戦後1960年頃は約32万人くらいでピークだったそうです。おそらくこの時期が、モノづくりがとても盛んだったのだろうと思います。おかず横丁が、職人さんで溢れていた時期もあるらしいんです。
職人が親方のところに働きに出ると、そこでご飯は炊いてくれるけど、おかずは自分で買いに行かなきゃいけない。そのおかずを買う職人でにぎわっていたのが、おかず横丁だそうです。2000年前後になると人口はピーク時の半分になり、約15万人ほどに減ってますね。
── たとえばデザビレの卒業生など、現代のモノづくりをする人たちはなぜ蔵前あるいは徒蔵地域を選ぶのでしょうか。
鈴木 デザビレの卒業生にとって、主な選択肢は3つあるんですね。卒業してデザビレの近辺で仕事をするか、自宅などのもともと仕事をしていた場所に戻るか、原宿や青山の商業地域に移るか、です。
デザビレの卒業生は基本的に小売がメインではなく、全国の専門店に卸しをする商売をベースにしています。本社所在地が台東区にあって、そこにショップを併設しているというかたち。だから小売店の売上があってもなくても生計を立てていける人たちが大半です。
── なるほど。
鈴木 小売をメインにするなら、徒蔵地域にはお客さんが少ないので、原宿や青山を拠点にしたほうがいいんです。でも徒蔵には材料屋や道具屋、職人などのいろんな業種のモノづくりに関わる人たちが集積しているんですね。
地域全体がまるで「大きな手芸材料店みたい」と表現する人もいるくらい、「モノづくり」をするには便利。だからここに残っている人たちが多いのだと思います。
「表現者たちの力」を世界に発信。目指すはNYのソーホー地区
── 「徒蔵」という地域が注目されていることを感じることはありますか?
鈴木 デザビレができた10年前は、職人の街であって、いわゆる若い人たちが買い物や遊びに来ることはほとんどありませんでした。それから徐々にデザビレの卒業生たちが近辺で店をあけて、雑誌の紙面で紹介してもらうことも増えてきた。
さらにスカイツリーが開業し、新たなショップが増え、さらにモノマチ(*2)というモノづくりのイベントをスタートさせたこともあって、注目が集まってきたという流れです。
(*2)モノマチ:2011年から始まった「モノマチ」は、古くから製造/卸の集積地としての歴史をもつ台東区南部・徒蔵(カチクラ)エリア(御徒町~蔵前~浅草橋にかけての2km四方の地域)を歩きながら、「街」と「モノづくり」の魅力に触れていただく3日間のイベント。今年は200組を上回るモノづくり系企業やショップ、職人、クリエイター、飲食店等の参加している。
── それでデザビレから約10年間で60組が卒業して、約半分が地元に残っているとすると、地域を活性化させる大きな原動力ですよね。
鈴木 現在の入居者はほとんど区内出身ではありません。全国から集まってくる将来性のある若手がデザビレで3年を過ごして、徒蔵近辺に残っていきます。そうすると、だんだん優秀なクリエイターが集まってくる。
実際にデザビレの2km四方を囲むように、クリエイターが集積されてきているような感じ。
── クリエイターの暮らす街というか、聖地ですね。
鈴木 ……たしかに、今は「ファッションで成功したいならデザビレに行くといいよ」という口コミだけで入居者が集まっているんだと思います。
── これからの10年くらいのスパンで、デザビレが未来に見ている構想があれば教えてください。
鈴木 クリエイター達の発信力を活用することで、ニューヨークにあるソーホー地区のような、世界からも魅力的に見える街になるための一翼を担えればと思っています。
ソーホー地区とは、昔は繊維・衣服工場が軒並み潰れて空き倉庫になっていた地区です。そこに芸術家やデザイナーが多く住み着いて作品をつくり、開設されたギャラリーに来る富裕層のためにレストランやライブハウスが増え、観光客も来るようになった場所ですね。
徒蔵近辺が、パリやニューヨークやミラノとか、ファッションでモノづくりをして世界中からお客さんが訪れる地域になれるのが理想だと思っています。東京オリンピックで世界中からお客さんが来たときに、その場で職人やクリエイターと交流し、モノを買って帰り、地域ブランドの価値を高めていくことができるんじゃないかな。
こちらから世界に製品を売りに行くだけではなく、自分たちの創る現場を見てもらい、会話を交わし、街を楽しみ好きになってもらう。その延長としてブランドを好きになってもらい、買ってもらうということもできるのかなと思っています。
お話をうかがった人
鈴木淳
1966年10月31日生まれ。千葉大学工学部工業意匠科卒業。カネボウファッション研究所勤務を経て独立。ものづくり企業のマーケティングが専門。平成10年NPO法人ユニバーサルファッション協会を設立(現在顧問)障害、高齢、体型などに関わりなくファッションを楽しめる社会づくりの啓蒙活動を行う。平成16年日本で唯一のファッション・モノづくり系デザイナーの創業支援施設「台東デザイナーズビレッジ」の村長を受託。クリエイターや小さな企業の事業コンセプトやブランディングの指導を行っている。(株)ソーシャルデザイン研究所代表取締役。
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