「自然が豊かに見える海士町でも、自然との関わり方を見直していかなければならない」と語るのは、隠岐の島でエコツアーや環境教育、生物保全活動や調査を行っている自然保護団体「NPO法人隠岐しぜんむら」の代表、深谷治(ふかや はじめ)さん。
平成10年に海士町にIターンをした深谷さんは、移住から2年後に自然保護団体を立ち上げて現在に至ります。
「環境にいい」「動植物にやさしい開発」という大義名分
── さっそくですが、自然保護団体を立ち上げた経緯を教えていただけますか?
深谷治(以下、深谷) 便利さや快適さを求めて、自分たちの都合のいいように、大地を掘ったり埋めたりしている「人間が頂点にいる位置づけでモノを見る社会」を危惧しているから。本当であれば、大地の上に自然が育まれ、自然の上に人の暮らしが成り立ちますよね。
── はい。
深谷 にもかかわらず、人間にとっての便利さや快適さをゴールとして、その次に動植物や大地に配慮するという考え方は、快適になるためには森や山が失われても構わないということ。
── 海士町の動植物は、どのような状況なのでしょうか。
深谷 海士町に来た人には「自然が豊かだね」と言われることが多いのだけど、じつは、島の自然は危機的な状況になっています。
たとえば海士町内で保全すべき地域の調査をした時に、動植物の分布や森林の形態を調べていくと、人工林や牧場などの本来の自然がない状態でした。海士町ですら、危機的な状況なんです。隠岐の島は小さいがゆえに、自然保全の活動家や見識を持った人が少ない。だから、力づくで自然と関わる「やりたい放題」になりやすく、思いつきで物事が進んでいく社会になっているんじゃないかな。
風力発電所の建設なんかも「環境にいい」「動植物にやさしい開発をしている」という大義名分を人々は言うけれども、環境問題に関心のある人や見識のある人を納得させるためだけに、大義名分を掲げているんです。それって、最初から風力発電所をつくろうとする結論が決まっている世界のなかで、人間の都合に合わせた環境の良さへと、辻褄を合わせているだけでしょう。
── ほかにも、大義名分としてしか使われていないと感じる表現はありますか?
深谷 自然との「共存」や「共生」という表現がありますが、ぼくはそれらは正しくない、と思っています。共に生きるのではなくて、人間は地球に生かされています。生態系の環の中の、ひとつの点として存在するのが人間の本来の姿です。だから人間と自然が共生するという並列的な考え方は、おこがましいと思ってね。
自然「保護」も人間の至上主義からできている言葉だよね。保護しようとする人間が、火山や津波が来たら、自然に負けてしまう。だから「保護」という言葉を使わなければ伝わらない時にしか使いません。
── 自然を守ったり自然と共に生きたりするというよりも、人間のほうが自然を求めている気がします。
深谷 そうだね。人は利便性だけを追求しようと思って都会で暮らしてみても、物足りないじゃない? みんな庭に木を植えたいし、花壇もつくりたい。オフィスには観葉植物を置きたい。長期休暇があれば、キャンプに出かけて自然に親しみたいと言います。
便利さや快適さを求めて都会に住んでいるにもかかわらず、自然を求めています。ぼくは、人間のDNAのなかに大地の上で生活するという根本的な基本があると思うんだよね。
── 自然に生かされていると感じる瞬間はありますか?
深谷 よく研修中でも受講生に「今、自分の身の回りにあるもので自然物からできていなくて、人間が根本から創ったものはありますか?」って聞くんですよ。ちなみに、ぼくは思いつかないんだよね……。
ぼくらの暮らしにある衣・食・住は、全て自然のものであって、身の回りにあるものは、電気、水、化石燃料や原子力など、絶対に自然が生み出してくれたものです。だから自然の恩恵を享受なんて、そんな生易しいもんじゃない。石油はもちろん、人間社会が頼っている他の自然物の中には、将来尽きてしまうものがじつはたくさんあるんじゃないかと思います。
山ひとつ削るのはわけない社会。自然を力ずくで変えていく現状
── 自然の重要性に気づくという視点では、海士町の人にとって、当たり前にある自然環境がビジネスの資源になるのか?という疑問がありそうですね。
深谷 ありますね。だからこそ、自然の重要性は今まで理解されていませんでした。島の人にとっては、自然は魚を取ったり、木材を生産したりする「産業の場」でしかない。でもその見方を改められるように、自然の本当の価値をみんなに伝えていかないとならない。なぜなら昭和中期までは、機械がまだ未発達なこともあって、力づくで自然を変えることはできなかったから。
── でも今は、人間の都合のいいように自然を壊したり、つくり変えたりできると思います。
深谷 現代は、山ひとつを削るのはわけない社会ですよね。土地の根っこに紐付いていない自然を、観光の要素として取り上げたり、隠岐の島全体の自然に手を出し過ぎると、気づいた時にはもともとあったはずの島の資源がなくなってしまいます。だから早く島民に従来の島の持つ資源に気づいてもらうために、誰が見てもわかりやすい象徴種を発掘していって、島の人たちに伝えるんです。
たとえば、一昨年に「タケシマシュウド」という白い花を世間に発表しました。日本の図鑑にも載っていない植物で、要は日本で発見されていなかった植物なんだけど。
── 凄いですね……!
深谷 こういう珍しい植物が隠岐の島にもたくさん存在しています。海士町のみんなや行政にも紹介するうち、だんだん認められて海士町のシンボルになっていきます。自分たちが気づかないことでも、重要なことがある。町長をはじめ多くの人たちが気づきはじめてくれていることが、とても嬉しいですね。
理想の自然との関わり方とは
── 自然を資源として活かしている地域はあるんですか?
深谷 宮崎県の綾町かな。人間の手が入っていない広大な森林が評価されている地域は、それ自体を産業として観光資源にしています。現代社会の視点では、檜の美林、杉の木が生産できる林など、経済林かどうかが評価の軸です。
でもそうじゃない。原生林という基礎があって産業が成り立つはずだから、本来は土台のない場所で生態系を荒らすような力技の産業は、発展すべきではないんだよね。
── では、理想の自然との関わり方ってどうなるんでしょうか?
深谷 人と自然の距離がこれだけ近づいた現代において、元来の生態系に戻していくことは難しいと思います。だから土地利用計画を立てて、人が住むエリアと自然保全エリアでの住み分けを、きっちり明確にすることが重要ではないでしょうか。
── 人と自然が暮らすエリアに、充分な距離を取るんですね。
深谷 文明が発達して人間の生活が成り立っている以上、社会を全部否定することはできないからね。だから、今進めつつある自然保護条例づくりも、「保護」よりも「住み分け条例」がいいかなあ。
取材後記
これからの暮らし × 環境を考えるうえで、自然環境に関わる活動に「住民が参加しやすいような語りかけをすることが重要」と話す、深谷さん。自然教育やエコツアーなどの活動に島民が参加しやすいように、「自然を守ろう」ではなく、「島の財産を守ろうよ」という声かけをしているそうです。
地域に暮らす住民として、一人ひとりが自然保全の意識を持ち、まずはそういう活動に参加していくことが大切なのだと思います。
お話をうかがった人
深谷 治(ふかや はじめ)
愛知県出身。平成10年に隠岐の島移住。野鳥植物愛好の趣味が高じて自然保護の想いから、エコツーリズム活動を始める。ネイチャーガイドとして来島者に隠岐の自然の魅力を伝えたり、環境教育講師として島内外の小中学生、大学生、教職員の方々などを対象に生態系の仕組みや動植物の見えざる能力などを面白おかしく伝える。自然だけでなく、隠岐の歴史や文化なども織り交ぜながら、豊富で立体的な知識と匠な話術で、参加者の興味関心に合わせた解説を行うことをモットーにしている。蕎麦打ち職人、燻製職人、ネイチャーフォトグラファーの顔も持つ。
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