徳島県神山町には、美しい棚田の風景を見られる江田集落があります。この地で農作業を生活の軸に置いて暮らしているのが、植田彰弘さん。彼が2年間行ってきたお米作りの経験を通して、築いた村の暮らしについて伺いました。

徳島県神山町

家族4人が1年間食べられるお米と野菜を作る

── はじめに神山での活動を教えてください。

植田 端的に言えば、自給自足ができるような方向を目指して農生活に取り組んでいます。将来自分が家族を持ったときに、家族4人くらいが1年間食べられるお米や野菜を作ることが目的です。そして、その分を作れるスキルを身につけようと取り組んでいます。

── 家族4人くらい……という理由についても教えていただけますか?

「自分と家族が食べるもの。ご近所さん2,3軒に渡せるくらいの規模でまずやれ」とお米と野菜作りの師匠に言われて。もしそれが物足りなくなって生業として繋げていきたいなら、そのときはじめてもう少し大量生産する方法を自分で作っていきなさい、と。

植田さん

「お前はなんでもかんでも大きなことからはじめたらダメだよって。よくばりだから」師匠に言われましたね。ぼくはこの話にとても共感していて、それができるようになってはじめて生業として生産物の加工や販売をするところまで考えたいですね。

── どれくらいの量のお米を作っていますか?

植田 去年のお米の生産がたしか220kgですね。だいたい日本人は1人で年間60kg消費すると言われています。簡単に換算すると、240kgあれば日本人の家族4人を養えます。

ぼくも米作りを2年間経験して、2年目でそれくらいを作れるようになってきました。まだ、仲間と一緒に取り組んでいますが、来年自分が目標としてきた240kgの生産は達成できると思うし、それに加えて今年から無農薬で作った野菜作りもはじめています。まだまだ形の整った野菜は生産できていないけれど、自然栽培で採れた野菜を食べることもできました。

それもまた来年のステップにしていきます。先日、15年程使われていない耕作放棄地を4枚借りました。いまは草刈りが終わったところです。あとはしっかり耕して、天地返しをします。来年の春に向けて準備をしはじめている最中ですね。

地域内で享受し合ってできる暮らしがいい

野菜

── お米を作って家族4人が食べていくことに加えて、地域の方に配るんですね。仕事として生産物の販売をしないなんて、意外です。

植田 ぼくはいま、あまりお金に固執した生活をしていません。家族を持たずに生活しているいまだからこそ大切にしたいのは、お金を使わない生活の組み立て方です。いきなり生業としてお金を作っていこうとすると、いざコケたときに、お金を欲して視野が狭くなるでしょう。一方で家族や地域の人にお米や野菜を配ることで、色々なつながりが生まれて新しい発想が生まれることがあります。だからそこを根っこにしたい。

今は作ったものをなんでもお金に変えていくのではなくて、生産物を配ることで得られる対価のようなものに触れているんですよね。

── お金ではない対価?

植田 野菜作りの師匠の奥さんも、「食べてみーだ」(「食べてみな」の意)って言って、家に行けばいつも野菜をくれます。もちろんもらってばかりではなくて、ぼくも下手なりに作った野菜を渡しています。渡す量や質は違いますが、人の気持ちやぬくもり、お金じゃないもので、生活を組み立てられる部分は結構あるんじゃないかな。だからぼくにとって、野菜を渡すことは挨拶みたいなものです。野菜を渡して「こんにちは」って。お金に変えようとは考えていないけど、それでいいんですよ。

── 江田集落では多くの人の暮らしそういう生活の組み立て方で成り立っているのでしょうか?

人の気持ちを与えあうことで最低限の暮らしが成り立っていると思います。「食べてみーだ」と言ってする物々交換は、人の持つ素直な気持ちの交換でもあり、それを運ぶ一つの媒介です。すべてを買い売りするんじゃなくて、地域内で享受し合ってできる暮らしはすごくいいなあと思います。

そういうわけで、何事もまずは小さな単位で作っていくことが大事だと思います。ぼくはこの江田集落や川又の小さなところで、手渡しのなかでお互いの生活と関係性を作って暮らしていきたいです。

自分で食べるよりも、お米を配るときのほうが嬉しい

植田さん

── 以前神山町に伺ったとき、植田さんにいただいたお米を夕食で食べました。本当に美味しくて、幸せでした。

植田 うん……やっぱり、お米を人に配るときのほうが、自分で食べるより断然嬉しいんだよね。

── そうなんですね……!

植田 今回作った1俵(30kg分)は、まるまる友達みんなに配りましたね。それでお世辞でも「美味しい」と言ってくれたり、食卓に集まってお米を食べてくれると想像したりするだけで、ぼくは嬉しいです。

── 想像してしまいますよね。

植田 幸せだよね。ほかにも、子供が生まれた家庭にお米を送ることもあります。赤ちゃんの離乳食として少しでも食べさせられるなら、「ぼくのお米を食べさせてあげて」とか。そのコミュニケーション取るだけで、ぼくは1年間お米を作っていてよかったなと思えます。

そうしてイチから丁寧に生活を送ること。楽しく、自分が思うように生きることがとても大事だと思います。だって人は生きているその都度その瞬間に、必ず目の前に大切な時間を持っているはずですよね。

もし結婚とかお金が必要なタイミングが来たら、そのときはしっかり考えて必要な働き方へと生活の作り方を調整していくのがいいけれど、いまはそのタイミングではありません。それをしなくても充分暮らしていけるので、焦らずに取り組んでいるところです。

もし農を生業にしたときに上手くいかなくても、さっき話したとおり家族で食べる分の野菜とお米を作れれば、僕は幸せです。

お話を伺った人

植田 彰弘(うえた あきひろ)

1983年 神奈川県横浜市生まれ。東京農業大学卒。 出版社でカメラマンに従事。料理写真、物品など商品撮影を担当。 2012年に徳島県へ移住、NPO法人グリーンバレーが主催する「神山塾」に参加。 神山町在住。

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