島根県大森町、石見銀山の豊かな山のふもとに、「株式会社 石見銀山生活文化研究所(以下、群言堂)」の本社はあります。「この会社で働く」と、決意のような、直感のような希望を抱いて鈴木良拓さんが大森町にたどりついたのは、2012年のこと。

昔から自然が好き、植物が好き、プロダクトとしての服が好き。山に入って植物を採集し、天然染料に加工して布を染めあげる。自ら手掛けた作品を持って、住んでいた東京から大森町へ。彼の入社と、群言堂の所長・松場登美さんとの出会いは、のちに「Gungendo Laboratory」という名前の、新しい衣料品ブランドという形で化学反応を見せていくことになります。

20150311satoyama

大森町という里山を舞台に、新しい実験を始めたというブランド・Gungendo Laboratory、そして会社の「植物担当」だという、鈴木良拓さんの想いに迫ります。

「Gungendo Laboratory」とは

── まずは、ブランドについて教えてください。

鈴木良拓(以下、鈴木) Gungendo Laboratoryは、群言堂が2014年3月に発表した新しいブランドです。それまで群言堂の洋服は母体となる「登美」、そして「登美」の娘世代に向けた「根々」という2つのブランドを展開していたので、Gungendo Laboratoryは3つ目ということになります。

コンセプトは「ちゃんとファッションを考える」。大森町という地域に根ざしたモノづくりがしたいという想いで立ち上げました。私を含め、現在は5名という少数精鋭で企画・生産しています。

gungendo COREDO室町店

鈴木 販売は、おもにウェブサイト、またはGungendo Laboratoryと誕生時期を同じくした「gungendo」というライフスタイルショップ。登美ブランドや根々と同じく、国内生産、天然素材を基調とした服づくりをしています。ターゲット年齢層は30〜40代の女性と、社内では比較的若めの設定。

ブランド内には、大きく3つの柱を掲げています。「里山パレット」「観察ノオト」そして「クールニッポン」。3つ目の柱は、さらにパワーアップさせるべく社内で協議中なので、もしかしたら今後進化するかもしれませんが。

[1] 大森町の植物を資源にする「里山パレット」

── 色合いがキレイな服が多いですよね。

鈴木 うれしいです。ラボラトリーという名前のとおり、実験的な意味合いを含めた服づくりをしているんです。ぼくが山から植物などの素材を採取して、ボタニカルダイ(*1)の研究所にて染料をつくっていただき、それで染め上げているものが主です。たとえばこれは「セイタカアワダチソウ」という、休耕田によく咲く黄色い花で染めています。

(*1)ボタニカルダイ:天然染料に数パーセントの化学染料を加えることにより、天然染料の複雑で美しい色味を生かしながら堅牢度を高める染色技術。

群言堂「Gungendo Laboratory」
鈴木良拓さん

── なるほど、植物に詳しいから「植物担当」なのですね。

鈴木 昔から自然が好きなんです。セイタカアワダチソウのように、植物で染める商品シリーズが「里山パレット」です。

「Gungendo Laboratory」

その土地にあるものを活かす。里山にある植物を使った染色を始めました。美しい色合いを長く楽しむために、少量の化学染料で堅牢性を高めたハイブリッドな染め方です。(引用:Gungendo Laboratory公式サイト

鈴木 剪定された枝や、落ちてしまったブルーベリーの実、あとはそのへんに自生している野草など大森町を中心に、島根県内で採取できる植物などを、染料に加工して服づくりをする試みです。

少し専門的になりますが、里山パレットで採用している染料は、従来の草木染めとも化学染料で染めたものとも違うんです。

── どう違うんですか?

鈴木 草木染めの染料には、小さな粒子が作り出す無数の揺らぎがあります。その色味の深さ、わずかな変化を人間の目が捉えることによって、美しいと感じる。対して化学染料は、草木染めよりももっともっと小さな粒子でできていて、安定した色みが出せる。このふたつのいいところを掛けあわせてつくったのが、里山パレットの染料です。

草木染めの持つ美しい色合いを長く保つために、少量の化学染料を混ぜて、ハイブリッドな里山パレット専用の染料をつくりだした、と思っていただけると分かりやすいかもしれません。

群言堂「Gungendo Laboratory」

鈴木 また、現代の暮らしにフィットすることだけでなく、持続可能なモノづくりを目指したいとも思っています。ぼくは草木染めが好きなので、Gungendo Laboratoryもはじめは草木染めで挑戦したいと思っていました。でも、大森で実践しようとすると資源が安定していなくて採算が合わなかったり、長く着ていただけるものに仕上げるのが難しかったりして、本末転倒になってしまうと気が付いて。

日本の多くの地域の山事情と同じように、大森町周辺の山にも、管理が行き届かずに放置されて荒れ始めている土地がたくさんあります。里山パレットは、大森町に根付く、身近な資源を使ってモノづくりをしていきたいという想いと同時に、里山に再び、人の手が入る状態を目指した取り組みでもあるんです。

山に入って植物などを採集してくるのは、いまはGungendo Laboratoryチームが中心です。でも今後、もしブランドが順調に育って、町のひとに採集の仕事をお願いができる規模になってくれたとしたら、地域に雇用が生まれます。そういった未来も含めて、里山パレットを考えていきたいなと思っています。

始めたばかりで、大変なことも非常に多いんですけれどね(笑)。

[2] 身の回りにある資源を見つめ直す「観察ノオト」

群言堂「Gungendo Laboratory」

── 先ほどからそのノートがすごく気になっているんですが、それ、鈴木さんが描いているんですか?

鈴木 これはぼくのスケッチノートです。なんだか見られるのは、恥ずかしいですね……。山に入って採集してきた資源の中から、気になるものをピックアップしてデスクでスケッチしています。

これは、「観察ノオト」という2つ目の柱の取り組みです。

群言堂「Gungendo Laboratory」

植物の葉や乾燥した実、虫の巣のようなもの、土を踏みしめる両足の間にもぎゅっとつまった、多様な世界があることに気づく。気づく楽しさに 気づく。観察ノオトは、身の回りにあるものをもう一度見つめ直すことを大切にしたプリント柄や織り柄をつくる取り組みです。(引用:Gungendo Laboratory公式サイト

鈴木 松ぼっくりや、葉っぱ、どんぐりに、苔などをたくさんデスクに並べて絵を描いていると、たまに仕事をしているのか何をしているのかわからないねって言われます(笑)。

群言堂「Gungendo Laboratory」
大森町の山に多いという、照葉樹をスケッチしてプリントした生地

鈴木 じつはぼく「もぐさ」という名前のヤギを飼っています。毎朝、家から会社まで一緒に通勤しているのですが、もぐさの生態にインスピレーションを受けたモチーフで、「食物連鎖柄」もつくりました。生地がすこし余っていたので、もぐさのぬいぐるみもつくって……ただ展示会用の非売品なので趣味の範囲のものですが。

群言堂「Gungendo Laboratory」
鈴木さんが溺愛するヤギの「もぐさ」。「里山には家畜が不可欠」と松場登美さんも話していた

[3] 日本独自の感性や技術を持続させる「クールニッポン」

── 3つ目の柱「クールニッポン」についても教えていただけますか?

鈴木 日本独自の技術でモノづくりをしてきた、全国各地のつくり手の方と一緒にモノづくりをしていこう、という試みです。たとえば、広島県福山市にブランド「登美」の生地を織っていただいている機屋さんがあるのですが、そこには「シャトル織機」と呼ばれる古い道具が昔のまま残っています。クールニッポンシリーズとして、共同で「シャトルストライプ」を開発しました。

ニッポンはかっこいい。クールニッポンでは日本独自の感性や技術を大切にし、持続させていきたいという同じ志を持つ人たちとコラボレーションしてモノづくり・コトづくりを提案していきます。(引用:Gungendo Laboratory公式サイト

群言堂「Gungendo Laboratory」

「ここで絶対に働きたい」と思った

── 取材をする中で、群言堂は、仕事があるからひとを採用するのではなくて、出会ったひとから仕事が生まれていくスタイルが多いと聞きました。それを強く体現されているのが、鈴木さんだと感じています。鈴木さんは、なぜ群言堂で働くことになったんですか?

鈴木 「ここしかない」と思ったからです。……自分の中で腑に落ちている感覚を、改めて人に話すのは難しいですね。頑張って言葉にしてみます。

群言堂「Gungendo Laboratory」

鈴木 ぼくの出身地は福島県南会津の山間地域。すごく自然が豊かな所で、幼い頃から植物に触れて育ってきました。モノづくり、特にプロダクトとしての服にはもともと興味があって、「服は身近なモノだけれど、どうやったらつくれるんだろう?」と疑問に思っていました。隣町の昭和村は福島県の「からむし織」という伝統的な織物の産地で、よく足を運んで勉強もしていました。いざ自分で服をつくってみる時もなぜか原料を自分でつくりたいという想いがあって、綿を栽培して繊維にしてみたり……自分なりに試行錯誤していました。

もっと本格的にデザインや服の勉強がしたくて、高校卒業後はまず秋田県の「秋田公立美術工芸短期大学」のプロダクトデザイン科へ。その後、東京の「文化服装学院」のファッションテキスタイル科に3年通いました。

「石見銀山生活文化研究所」という名前は、インターン先の工場で偶然目にしたのが最初です。工場には、今まで作った生地をまとめている生地の見本帳が置いてあります。ある日パラパラとめくっていたら、「イッセイミヤケ」や「ミナペルホネン」という有名なブランドに並んで、漢字で「石見銀山生活文化研究所」という社名があって。

なんだここは、とすごく気になったのを覚えています。

── へぇ。それが最初なんですね……。

鈴木 以後、「石見銀山生活文化研究所」や「群言堂」の名前を行く先々で目にする時期が続きます(笑)。ぼく、学生時代は中央線沿いの高尾という町に住んでいたんですが、木造駅舎のJR高尾駅北口には、群言堂が改修を手掛けた「Ichigendo(いちげんどう)」という飲食店があるんです。雑貨なども売っていて、よく立ち寄っていたんですが、ある日ふとコップの裏を見ると、「石見銀山生活文化研究所」と書いてある。ますます気になっちゃって。

群言堂「Gungendo Laboratory」

── 「だから石見銀山生活文化研究所って、一体なんなんだ!」と(笑)。

鈴木 その後、書籍「群言堂の根のある暮らし」を読んで、大森町という地域の暮らしをベースにモノづくりをしている企業だということを知りました。事業内容だけではなくて、松場夫妻や働いている人の人柄や、想いが感じられるところにとても惹かれて。

その頃、ちょうど就職先を悩んでいた時期でしたし、自分の動植物やテキスタイルについての知識や経験を活かせる会社は、もはやここしかないのでは、と。求人はしていないようだったので、本社に直接メールを送って、会長である松場大吉と、所長の松場登美に会う機会をもらいました。それが、2011年のことです。

── なるほど。そしてその後、新卒として2012年11月に入社することになるんですね。

もっと暮らしとファッションを楽しく、心地よく

── 入社してみて、どうですか?

鈴木 ものすごく楽しいです。同世代の同僚も多くなってきて、休日は山に入って植物を採集したり、川で遊んだり、最近では狩猟免許をとってイノシシをさばいたりもしました。地域には、山の達人のような知識豊富な方が多いので、いろいろと教えてもらったり、町の行事に出たり。それがGungendo Laboratoryのアイディアの元になることも多いので、暮らしと仕事の境目があまりないと言っていいかもしれません。楽しんでやっています。

群言堂「Gungendo Laboratory」

鈴木 じつはGungendo Laboratoryの取り組みは、所長である松場登美が長年思い描いてきた服づくりを、ぼくたち若い世代の感性で体現したブランドでもあるんです。地域で暮らしながら、地域資源を活かしたモノづくりをして、それを通して大森町の暮らしの価値観を発信していく。名前に“ラボ”と付いている通り、いろいろなことがぼくにとっても、会社にとってもまだ試行錯誤の段階。やりたいこともまだまだたくさんあります。

お客さまに「これは素敵な服だな」「着てみたいな」と感じていただけるような服づくりを、これからも目指してやっていきたいですね。Gungendo Laboratoryの商品を、ぜひ一度手にとって見ていただけるとうれしいです。

群言堂「Gungendo Laboratory」
鈴木さんのデスク。パソコン近くにはもぐさのぬいぐるみがあった

(一部写真提供:「Gungendo Laboratory」公式サイト、石見銀山生活文化研究所)

お話をうかがったひと

鈴木 良拓
Gungendo Laboratoryブランド植物担当。2012年秋入社。福島県南会津町出身。実家の深い山に囲まれた環境で、小さいころから親や祖父母の山仕事について、山菜採りなどを楽しむ暮らしを送る。勉強したわけではないが、ツキノワグマやカモシカ等が棲むブナの森でたくさんの動植物を見て育ち、独特の自然観を身につけた。服飾系の学校に進んでも植物への興味が冷めず、庭にある豆柿で柿渋を作ったり、野草から繊維をとったりしているうちに就職活動に失敗。以前手伝いに行っていた八王子の機屋さんで群言堂の存在を知り興味があったので、求人も出していないのに「ここしかない」と連絡をとった。柿渋で染め煙で燻した自作の防水服などを持って面接に臨み、必死な思いが伝わったのか、なんとか拾ってもらう。現在はGungendo Laboratoryのテキスタイルの柄を描いたり、染料に使っている植物を集めたりしていることから植物担当と呼ばれるようになる。

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