東京の東側、昔ながらの姿を残す、砂町銀座商店街。錦糸町、亀戸、西大島……最寄り駅はたくさんあれど、歩けば徒歩20分以上が平均時間。
商店街が観光地化しがちなこの時代において、便が良くないからこそ未だに「暮らし」と「商い」がそのまま交わる場所として日々営みを続けています。
そんな場所に、ある日突然、訪日外国人観光客がやってきた。……としたら、どうする?
昭和4年創業、砂町銀座商店街において86年以上営業を続ける老舗のお茶屋「有限会社お茶の秋山園(以下、秋山園)」に、「Japan Wonder Travel」のツアー客が初めて訪れたのは、2015年2月のことでした。
- 「Japan Wonder Travel」と訪日外国人観光客 |日常と地域の魅力を伝えるツアーを、東京から全国に
砂町銀座商店街でお茶の魅力を文化を伝え続けたい
── 「秋山園」について教えてください。
杉本守隆(以下、杉本) 昭和4年創業の3代続くお茶屋です。葛西橋に本店を構え、合組(ごうぐみ)と呼ばれる、いわゆる様々な茶葉をブレンドするオリジナルのお茶を作っています。
インターネット販売もしていますが、基本的にはお店を設けて直接売りたいと思っていて。砂町銀座商店街店は売店の位置づけです。
── 最近のお店の状況は、いかがですか?
杉本 若い人がお茶屋に来ることが少なくなりました。たぶん、用がないんでしょうね。
若い人、例えば20代の人は、今はもうお茶を飲むと言ったらペットボトルが主流みたいで、家に急須がなかったり、お茶っ葉を手にしても淹れ方が分からなかったりします。
私は祖父の代から「お茶は7色あわせろ」と言われて育ちました。つまり、7種のお茶を組み合わせろ、という意味なんだけど、美味しいお茶を作って、みなさんに届けることにずっと心を砕いてきました。10人が10人、全員が美味しいと言ってくれるお茶を作るのは難しいけれど、ここにしかない美味しいお茶を作りたくて。
でも、最近は家にいながらモノが通販で買える時代ですし、特に若い人のお茶離れが加速しているから、昔と同じように美味しいお茶を作り続けるだけじゃダメなんだよなぁと感じています。
「Japan Wonder Travel」と「秋山園」の出会い
── 「秋山園」には現在数多くの訪日外国人観光客の方が、定期的にお店を訪れています。経緯を教えていただけますか。
杉本 砂町銀座商店街は、地域に根ざした商店街です。バス網は発達しているけれど、最寄り駅から歩いたら20分以上かかるし、ほかに目立つ観光施設もない。
最近よくメディアで取り上げられる谷中商店街や、戸越銀座商店街などと少し違って、ここは主に近隣の住民が訪れる商店街だと言えます。
だから、外国人の人が来るなんて思っていなかったですよ、正直(笑)。
── でも、実際に今はたくさんの訪日外国人観光客の方がいらっしゃっています。
杉本 ひとえに、「Japan Wonder Travel」の影響だと思います。
── 「Japan Wonder Travel」とは、ノットワールドが主催する訪日外国人観光客の方を対象とした食べ歩きツアーのことですよね。
■参考:「Japan Wonder Travel 」と訪日外国人観光客 |日常と地域の魅力を伝えるツアーを、東京から全国に
杉本 そうです。「Japan Wonder Travel」が始まる半年くらい前かな? 外国人観光客の方を連れてくるので、砂町銀座商店街の食べ歩きツアーに組み込んでみませんかと相談されました。けれど連れてくると毎回言ってるのに、いつまで経っても連れて来なくて……(笑)。
なあんだ、と思っていたら、ある日数人連れて来てくれたんだよね。アポ無しで。
── アポ無しで、ですか(笑)。
杉本 最初はどんな感じで来るか分からなかったから戸惑ったけれど、河野さんという「Japan Wonder Travel」の営業担当の方と、訪日外国人観光客の方と、あとは通訳ガイドさんが一緒に来てくれるシステムだから、意外と困ることはありませんでした。
ただ、通常のお客様と、外国人のお客様の来店が重なってしまうとさすがにお店が回らなくなってしまうから、初回以降は12月1日火曜日は何時に何人来る、というふうに予定をあらかじめ組んで連絡をもらうようにしました。
今は、予約がある日は私と家内がお店に立つようにしています。
── 訪日外国人観光客の受け入れの素地は、あったのでしょうか?
杉本 さっきも言ったように、想像も希望もしていなかったから特にはないんだけれど、強いて言えば「お茶Bar」の実施があるかもしれないですね。
── お茶Bar?
杉本 淹れたての日本茶を、日本茶専門店などの店頭でテイクアウトして飲める仕組みのことです。「全茶連加盟」の取り組みのひとつで、1杯150円で、専用カップまたはマイボトルで飲めます。
コーヒーは道行く片手に持って味わうことも多いでしょう。それと同じ気軽さで、お茶を飲んでほしいなと思ってうちも始めてみました。
杉本 でも実際は、年配の方は「お茶を飲むなら家で淹れるよ」とおっしゃるし、若い人は急須に馴染みがないから、なかなか難しくて(笑)。
でも、急須を持って、自分でお茶を淹れて飲む、という一連の流れや文化を体感する機会を提供することの、重要さも危機感も感じていたから続けていました。
今、訪日外国人観光客の方には店頭でお茶を飲んでみてもらうことだけじゃなくて、お茶の淹れ方教室というか、お茶淹れ体験をしてもらっているんですね。その延長線上で、お茶っ葉を購入していただいたり、急須などお茶以外の商品を買ってもらうことも多いです。急須なんかは和柄だから、オブジェ的なものとして買って帰ってくれる人もいますねぇ(笑)。
「Japan Wonder Travel」では砂町銀座商店街のほかに、築地でも食べ歩きツアーを実施していて、そこでもツアーのコースにお茶屋は入っているそうですが飲むだけで、「淹れる体験」はできないみたいだね。
杉本 お茶の美味しさだけじゃなくて、お茶を淹れて飲むという文化を絶やしたくないという想いでお店を続けてきたから、素地と言われると、たぶん、そこかな。
── 当初「秋山園」にとって訪日外国人観光客の方の訪問は非日常の出来事だったと思いますが、戸惑ったことはありませんか。
杉本 うーん……じつはあんまりないんですよ、通訳ガイドさんも一緒だから、言葉の問題もあまりないしね。
あ、でも、お茶淹れ体験のデモンストレーションの説明は少し工夫したかな? 最初は、お茶っ葉のことや急須の使い方、淹れ方などを詳細に書いた説明書を用意しようかと思ったんです。でも、結局は「要らない」と。
── なぜ不要だと?
杉本 実際に訪日外国人観光客の方と触れ合ってみると、「やってみる」ことで共通言語になるんだよね。
言葉で説明するよりも、まず1回私がデモンストレーションをして「お茶っ葉をワンスプーン淹れて、このポットを使って、ホットウォーターを注いで……よし、レッツチャレンジ!」くらいの片言の英語でも、なんとかなる(笑)。
ツアーは大体3人〜7人くらいの小規模の団体で来ることが多いから、みんな順番に体験して、最後の人は「初めてのはずなのに、なんでこんなに美味しく淹れられるの?」って思うくらいうまくなっちゃうこともあります。
── そうなんですね。砂町銀座商店街には、ほかにも数軒お茶屋さんがありますが、「Japan Wonder Travel」に組み込まれているお茶屋さんは「秋山園」さんだけです。他のお店からの反応はいかがでしたか?
杉本 「なんでお前のとこはそんなに外国人がいっぱい来るの?」と聞かれることはありますよ。ここは、地元密着型の商店街ですから、訪日外国人観光客の方が数人まとまって歩いているだけで、かなり目立つんですね。
でも国籍が違ってもお客様であることには変わりがないし、言葉の壁も、幸いなことにお茶の場合はそんなに問題がなかった。むしろ、お茶という日本人にとっては当たり前、灯台もと暗しみたいな存在のものが、外国人の方にとっては新鮮に映るようで、お土産として購入してもらえることが本当に多いから、うちとしてはとても助かっているんです。
コロッケやおでんなんかのお惣菜だと、食べ歩きをしてもらっても1人100円、高くても500円くらいの売上が平均的なものだと思うけれど、お茶屋の場合は6,000円のお茶っ葉詰めあわせセットを4つ、あとは急須や湯のみを一緒にほしい、と言ってもらえることもありますからね。
そういった話をすると、商店街のみんなも「それはいいね」と言ってくれますね。
若い人のお茶離れで、いろいろと苦戦していたけれど、こういった文化の伝え方もあるんだなぁと、私もいい刺激をもらっています。
訪日外国人観光客の方との出会いが変えたこと
── 今後、秋山園さんとして挑戦してみたいことはありますか?
杉本 やりたいことはたくさんありますよ。訪日外国人観光客の方に対して、ということで言えば、和菓子を出せるようになりたいかな。
杉本 砂町銀座商店街には和菓子屋も数軒あるので、そのお店を連携して、「Japan Wonder Travel」で訪れた人に、羊羹とか、団子とかを一緒に提供できたらいいなと思っていてね。
あとは、今は店のレイアウトの都合上、立ち話が主になってしまうけれど、もう少し配置を変えて座って話せるような空間を作りたい。短い滞在時間でも、日本の文化や会話を楽しんでもらえたらいいんじゃないかと思うので、少しずつ変えていけたらと思っています。
── 訪日外国人観光客の方への対応が、お店の一部になりつつあるんですね。
杉本 ここまでのことが起きるなんて想像してなかったけどね。これから先も読めない部分が大きいけれど(笑)。
でも、うちの店が特別すごいのではなくて砂町銀座商店街のポテンシャルや土壌があってこその話だと思いますよ。
どこの地域にもあるようなショッピングモールじゃ、だめだったんじゃないかな。日本ならではの商店街、この街の空気とか、距離感とか、青空の下でいろんなお店がひしめき合っている様子とかね。ここに立つことがすでに文化を感じることだと思うから、そこもおもしろがってもらえているのかもしれません。
今後は、訪日外国人観光客の方たちに向けて何を提供するのかを考える段階に入っていくのかもしれないですね。私も、引き続きお茶をどう広めていくか、考えなければなぁと思っています。
お話をうかがったひと
杉本 守隆
お茶の秋山園は、先々代の親類が営む墨田区は業平の、お茶問屋で丁稚修行の後、昭和4年に秋山俊が江東区現在の(仙気稲荷)にて開業。戦後間もなく、現在の本店のある江東区砂町の旧葛西橋へ本店を移転。昭和39年に有限会社お茶の秋山園となり、同時に2代目として秋山隆が店主となる。また、東京都闘茶会(利き茶大会)にも優勝!!その後に砂町銀座通り商店街に支店を出す。私、杉本守隆(娘婿)は、先代(秋山隆)の他界を機に、平成19年7月より秋山園の3代目となり、今日に至ります。現在は東京都茶協同組合の理事としても東京の茶業発展のため組合活動にも携わっています。
有限会社お茶の秋山園について
住所:東京都江東区東砂6-19-5
電話番号:03-3645-0333
営業時間:9:30~19:30
定休日:日曜日
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